糸のほつれ



何度も何度も、失敗した。

私達は赤松さんを中心に爆弾や突然火の噴き出る穴をどうにかして攻略していったが、それでもたどり着けずに入り口へと戻っていた。


私は転んだり、爆風が当たってしまったりと小さな怪我をした人それぞれに応急処置を施すので精一杯だった。



「夢野さん、手のひら擦りむいたよね。手出してもらえる?」
「んあー…」


ボーッとしているマジシャン(本人曰く魔法使い)の彼女の手は、小さい。そんな子どものような手の平には痛々しく転んだ際に擦りむけた赤い傷が出来ていた。
あそこの空間が衛生的ではない事は一目瞭然だし、私の研究教室が解放されていない今、医療品に余裕がないのは倉庫を見たときに確認した。

小さな怪我でも細菌が入ってしまっては困る、と手を綺麗に拭いてから消毒液を傷口につけると意地でも手元を見ないようにしていた彼女の体がビクリと震えた。どうやら消毒液の刺激が苦手らしい。

すぐにサイズの合う絆創膏を貼り、「終わったよ、よく頑張ったね。」と小さい子どもに声をかけるように話しかけるとパッとこちらを向いてきた。

「わしはいい子じゃからな……消毒の痛みなど魔法でへっちゃらなんじゃ。」
「うん、夢野さんは我慢して偉いね。」
「流石夢野さんです!転子が怪我したときも是非魔法をかけてほしいです!」

夢野さんは自慢げにしているが、やはり表情が優れない。普段から運動をしているような筋肉の付き方ではないし、きっと疲れが出てきているのだと感じた。
今すぐ倒れるような雰囲気は見受けられないし、茶柱さんの運動能力があればきっと夢野さんが倒れても、頭を固いコンクリートにぶつける前に支えてくれるだろう。


私は今順番に怪我人を手当てすることが最善だと感じ、スッと夢野さんの前から立ち上がるとズキッと左足首が痛み主張した。

先程、崖から落ちそうになったとき足首をひねったのだ。きっと軽いねん挫になっているのだろう。タイツを履いているので変色などは見えないが、もしかしたら助けられた際にぶつけたことで青くなっているかもしれないな。と他人事のように分析し、爆風から皆を守ってくれたゴン太くんの元へと向かう。


「ゴン太くん、火傷治療しようか。手の甲が爆風に直撃だったもんね……痛かったよね。もう大丈夫だよ。」
「奏多さん!ありがとう、でもゴン太強いから後でも平気だよ。他の皆を見てあげて欲しいんだ。」
「東条さんも応急処置の心得があるようだから分担できてるし、非常時はどんな人も順番に治療を受けるべきなんだよ。その方が全体の回復が早いし……ゴン太くんだって、今は平気かもしれないけど火傷は初期治療によって治りが違うから。」
「そうなの?ごめん……ゴン太、馬鹿だから奏多さんが言ってる事よく分からないんだ。でも、ゴン太が治ればもっと皆を守れるって事だよね?」
「ふふっそうだよ。ゴン太くんのお陰で、皆の怪我が少なかったの。ありがとうね。」
「紳士として当然だよ!」


うーんと首を傾げながら必死に私の言葉を理解しようとしてくれたゴン太くんにお礼を言いつつ、処置を施していく。先程の夢野さんとは違い大きくゴツゴツとした手だ。10年間狼の元で育ったという話に納得してしまうほどの、力強い手だ。

素早く処置をして、他に怪我人がいるか探すが何人かの表情が暗い事が分かる。
真宮寺くんや最原くん達の治療は東条さんがやってくれているようだ、流石超高校級のメイドと言うべきなのか、応急処置が完璧だ。
皆急にこんな場所に放り込まれた挙句、肉体的にもギリギリな状態なのだ。顔色も悪いし、回数をこなすごとに先程手当てした夢野さんやゴン太くんのような小さな怪我をする人が増えている。

……精神力、集中力、体力。その3つが完璧な人間など存在しない。それに、普段運動をしないであろう人もいるのだ、このままでは……


「……時間の問題、かな。」


3つのバランスが崩壊した人から、大怪我をするだろう。
それは私かもしれないし、精神的支柱になっている赤松さんかもしれない。もしかしたら、誰かが命にかかわる怪我を負うかもしれない。

その時、私はその人を助けられない。きっと命にかかわるレベルとなったら内臓などの修復のために様々な機材やそれに対応できる環境が必要だ。輸血は必須。しかし、今の私に出来る治療はこの鞄の中にある応急処置セットしかない。見殺しにするしかないのだ。


「諦めちゃだめだって!次こそ……!」

悲痛な声を上げる赤松さんを見て、今日は中止することを提案しようとしたその時だ。




「いい加減にしてよ」


冷たい声が冷え切った地下に響いた。誰の声かと思えば、声と同じく冷たい目をした王馬くんだ。

「赤松ちゃんが諦めないのは自由だけど、それを押し付けるのは脅しみたいなものだよ?」

そんなつもりは、と言いたげな赤松さんとは裏腹に何人かの仲間達は王馬くんと同じ冷たい目をしていたり、疲れ切った顔をして下を向いていた。
私が想像していた通りの展開になってしまった。皆赤松さんの言葉に奮い立ったのが、呪いのようにのしかかってしまったのだ。
かくいう私も足がさっきからズキズキ痛む。これ以上は私の身もより危険な目に遭うかもしれないと思うと、怖かった。

心がポッキリ折れてしまった面々がそれぞれもう無理だ、やりたくないと言い出す。

「さっきまで協力だの仲間だの言っていた割には、あっという間にバラバラじゃねーか」

ぽつり、と一匹狼の星くんが呟く。私達は先程出会い、同じギフテッド制度を受けているだけの高校生の寄せ集めなのだ。絆なんてあってないようなもの、彼の言う通り私達はバラバラだ。

「私のせいだね、ごめん……」

責任を感じ落ち込む赤松さんに、百田くんや最原くんは否定するが春川さんも王馬くんに同調した。だれも悪くないのだ。そう言おうとすると王馬くんが再び口を開く。

「赤松ちゃんは気付いてないわけ?だんだん怪我人が増えてるんだよ。奏多ちゃんや東条ちゃんがせっせと手当して回ってる。ねぇ奏多ちゃん?」
「えっ……怪我人は、まぁ増えてきてはいるかな。でも誰もひどい怪我はしてないから……い゛ッッッ!!」

王馬くんの言う通りで申し訳なく、赤松さん達をちらちらと見ながら弁解している間にツカツカと詰め寄ってきた王馬くんに軽く足を蹴られ、激痛が走る。
痛みのあまりしゃがみ込んでねん挫した足を抑えると、百田くんや茶柱さんが怒った。

「おい王馬!急に蹴るなんてなにしてんだ!」
「そうですよ!か弱い奏多さんに何かあったらどうするんです!?」

怒鳴られているのも知らんぷりで私の足を見ながら王馬くんは話をつづけた。

「奏多ちゃん、怪我してるよね?タイツ履いてるから気付きにくいけど、さっき足ひねったでしょ」
「えっ」
「赤松ちゃんだって分かってるでしょ?頑張れば頑張るほど、こうやって怪我した人が脱落していくわけ。治療する人がこんなになってるんだから、無謀だよ。やりたいなら勝手にやればいいけどさ」

その言葉で、空気が変わった。少しでも続けようとしていた人達の気持ちが折れたのだ。きっと、赤松さんも。
あぁ、私のせいだ。医療班は怪我しちゃいけないのに。医者の不養生とはよく言ったものだ。

モノクマーズの夜時間だという不快なアナウンスがトドメとなり、解散となった地下室から、梯子を上ろうとすると足が痛み、身体が竦む。

「ゴン太が背負ってあげようか?痛いよね」
「ゴン太くん……ありがとう、お願いするよ」

先程マンホールを軽々片手で持ち上げたゴン太くんならきっと大丈夫だろう。そう思ってお願いすると、予想以上に素早く上ってくれた。本当に運動神経が人並み外れているらしい。

寄宿舎の私のプレートの前で下ろしてくれた彼にお礼を言い、部屋へと入る。
クローゼットには今着ているものがキレイに備わっていた。医療道具もあるのが私のための部屋らしい。
シャワーを浴び、足首の処置をしてベッドに潜る。

一日にいろんなことがありすぎた。起きたらいつもの部屋で、書きかけの論文が目の前にある事を祈りながら、私は眠りについた。







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