『この森からでてはいけないよ』
母様も友だちも皆口を揃えていう言葉。
なんでもこの森の外には恐ろしい『ニンゲン』とやらがいるから……らしい。
『ニンゲン』とはとても醜くて浅ましい、悪知恵だけは異様に働く奴等だと母様は言っていた。
『ニンゲン』なんかに会ったらわたしたち精霊は酷い目にあわされてしまうって。
だから女神さまのご加護があるこの森から出ちゃいけないんだって。
でもわたし、正直に言うと『ニンゲン』に凄く興味あるんだ。
だって皆探そうとしないだけで、もしかしたら優しい『ニンゲン』だっているかもしれないじゃない。
もしいたら、わたし友だちになりたいなぁ。
それでいろんな話をしたいな。
◇◆◇◆◇
「あーあ、退屈だわ」
「ねーユリ、退屈なんだったらわたしと一緒に」
「駄目よ、幾ら退屈でもこの森から出て『ニンゲン』に会いに行くなんてぜっっったいに駄目よ」
「……まだ何も言ってない」
「どうせ図星でしょ」
むーとむくれている私に向かってふんっ、と鼻を鳴らしユリは足を組み直した。
「大体ねえ、なんで『ニンゲン』なんてモノに会いたいのよ」
「……なんとなく?」
「バカじゃないの?」
ユリは心底呆れた、という顔をして再びバカじゃないの?とわたしに聞く。
ユリは岩の上に座っているから見下されてる感じが酷い。
「バカじゃないし! 母様だってニーナは賢いって褒めてくれるし! 二回も言うなんて酷い!」
「あのねぇ、そういう賢さじゃなくて、生きていく上での知恵とか臆病さとか慎重さがあんたには欠けてんのよ!」
眦をつり上げてユリは怒ったように吐き捨てると、やれやれとでも言うように肩を竦めた。
生きていく上での知恵とか臆病さとか慎重さ……。
「……そんなの、なくたっていいじゃん」
「はあ? あんたねえ」
「したいことをしようとして何が悪いの? だって生きていられるのは一回だけなんだよ? 消えちゃったら何もできないんだよ? わたしは消える時に後悔したくない。いつ消えてもやり残したことはないって笑えるようにしたい」
途中反論しようとしていたユリを遮って最後まで言い切ると、ユリはうつ向いて口を開かなかった。
ユリのことだから「だからって『ニンゲン』なんかに会うなんて駄目に決まってるでしょ!」って怒られると思ったのに……。
いつもユリといる時は例え沈黙でも気にならなかったのに今は少し居心地が悪かった。
「……あたしはニーナに傷付いてほしくないのよ」
何処か虚ろな目をしてユリは呟いた。
◇◆◇◆◇
あの日以来、ユリとわたしの間で『ニンゲン』の話題が出ることはなくなった。
でもわたしは『ニンゲン』に会うことを諦めた訳じゃない。
ユリもそれはわかってると思う。
ただ直接ユリにそれを言ってしまうと、ユリを酷く傷付けることになると思った。
「どうして『ニンゲン』に会いたいのか……か」
あの日ユリに聞かれたことを手で花をいじりながらぼんやりと考える。
そう言えばよく考えたことなかったなぁ。どうしてだろう。
母様からもユリからも『絶対に会ってはいけない存在』って口を酸っぱくさせて言われ続けているのに、なんで嫌悪感も抱かないんだろう。
暫く考えていたけれど結局納得する答えは出なかった。
敢えて言うなら、あの日に答えた「なんとなく」が一番近い気がした。
いじり続けた花は萎れていた。
◇◆◇◆◇
「は〜、きもちいー」
最近暑くなってきていたのでわたしはユリと一緒に水浴びしに来ていた。
やばい、今わたしの顔溶けきってる自信がある。
案の定ユリに、
「あんた顔崩壊しすぎ。罰としてあたしの分の布と服も持って来てよね」
と言われた。理不尽な罰にうだうだ文句を言ってみたけど最終的に問答無用で水から上がらされた。
「くそう、横暴だ」
暑い中裸で歩かされることに不満を持ちつつも、早く戻らないとまた何言われるかわかったものじゃない。
仕方なく駆け足で服と身体を服布を取りに行く。
水浴びしていた場所周辺の地面は濡れていたので少し離れた場所に荷物を置いていた。
「あっ、あったあった!」
無事にユリとわたしの分の荷物を手に持ち、さてユリのところへ戻るかと思った時だった。
「……えっ!?」
どうしようどうしようどうすればいいの?!
「ユリ! ユリ!!」
「何よ、どうしたのそんなに焦って」
「あっち!! あ、あっちに!!」
慌てすぎて何を言っているか自分でもわからない説明にユリは早々に匙を投げた。
「……兎に角現場に連れてって」
ユリを連れて急いでさっきの場所へと戻る。
「ユリ! 見て!!」
泣きそうになりながら指をさした先を見てユリは大きく目を見開く。
「ユリ! 早く助けてあげないと……!!」
「……駄目よ、助けるなんて」
ユリの言っていることが理解できない。
だってわたしたちの目の前には倒れている精霊がいるのに。
「何言ってるの……? 早く助けてあげなきゃ消えちゃう!!」
「ニーナ」
静かな声がした。
「あれは精霊じゃない。
……『ニンゲン』よ」
≪ | ≫