「……ん…す…き…」
「っ!?」
晴貴様が呟いた言葉。
それは確かに「好き」と聞こえた。
じわり、と私の視界が滲む。
どうしようもなく胸が高鳴り、顔が火照る。
ああもう、駄目だ。
押さえて込んでいた思いが爆発するのを感じた。
愛の言葉を囁いてほしい。
抱き締めて放さないでほしい。
優しくキスしてほしい。
私を求めてほしい。
私だけを見て。
わかっている、さっきのはただの寝言に過ぎないと。
きっと彼女のことを思って出た言葉なのだろうと。
それでも、私は聞いてしまったから。
今までにない幸せを感じてしまったから。
一度心が満たされてしまったからには、私はこの先もっと我が儘になっていくだろう。
側にいれるだけでは満足できなくなり、晴貴様の心まで求めてしまうだろう。
晴貴様の愛しい方に嫉妬して、憎悪を向けてしまうだろう。
そんな私を、晴貴様は見捨てられないだろう。
私が晴貴様の負担になってしまうくらいなら、その前に離れよう。
目を閉じて、そっと晴貴様の額に触れるだけの口付けをする。
暖かい滑らかな肌の感触に離すのが惜しく思う心をかき消し、ゆっくりと唇を離す。
目を開けたときには、私の覚悟は決まっていた。
離れる決意をしたはいいが、私が婚約破棄を言いだしたところで晴貴様は頷いてくださらないだろう。
そもそもその前に父に潰される。
どうすればいいのかしばらく考え、私は晴貴様に嫌われることにした。
それから私は最低な人間の仮面をつくった。
学園内では権力を降りかざし、我が儘を言って晴貴様を困らせたり、晴貴様の愛しい方、立花弥生(たちばなやよい)様に嫌味を言ったりもした。
一月も経てば私の周囲からは人が消えた。
人への心ない言動をすることは、相手の心だけでなく私の心も酷く傷付けた。
けれどまだ晴貴様が私のことを心の底から嫌いになるための最後の決め手がない。
方法はあるにはあるが、それをしたら私は取り返しのつかないほど最低な人間に堕ちてしまう。
何日も悩んだ。
「……よし」
私は、晴貴様のために堕ちることを選んだ。