どのくらい時間が経ったのだろう。

身を焦がすような激情が過ぎ去った頃には、私の唇からは鮮やかな紅い血が流れていた。
ジワジワと滲み出る紅を、私は舌で舐めとった。
口の中に生臭い鉄の味が広がる。

意志は固まった。

私は誰がなんと言おうと晴貴様の婚約者だ。
晴貴様から離れるなんて選択は私には到底できそうにない。
かといって、晴貴様の恋路を邪魔したりも、しない。
先程は彼女を害することまで考えてしまったが、そもそもその彼女は晴貴様の大切な方だ。
そんな彼女に危害を加えることは、晴貴様を傷つけることになってしまう。
私は、そんなことは望んでいない。

一つだけ気がかりなのは、晴貴様から婚約破棄をされる可能性だが、それは晴貴様の性格上まずないと思っていいだろう。
私と晴貴様の家の力関係でいえば、巫財閥の御曹子である晴貴様と、少し規模が大きいだけの風上(かざかみ)グループの令嬢である私。
勿論晴貴様の方が立場は上にあたる。
もともと晴貴様と私の婚約だって、父と晴貴様のお父上が学生時代の旧友であったからこそ実現したことなのだ。
だから、晴貴様は私との婚約を破棄することはいつだってできる。
しかし、私はその心配は不要だと思っている。
それはただ単に、晴貴様がとても優しい方だということを私は知っているからだ。

まだ公式な発表がされていない内輪の婚約の破棄ならばともかく、公式に発表がされていて広く周囲に知れ渡っている婚約の破棄となると、下世話な噂話がたつことはまず避けられない。
特に噂がたちやすいのは、私のように婚約破棄をされる側であり、家柄も低い家の方だ。
更に私の場合は、晴貴様が家柄ではトップクラスの巫財閥の御曹子ということもあり、晴貴様に婚約を破棄されたら私は今後の縁談はまず望めないと言っても過言ではないだろう。
家柄の極端に低い家ならばともかく、風上家よりも大きな家、もしくは同じ程度の家からは全力で拒否されることだろう。あの巫家に拒絶されたなんて、どんなに器量の良い女でもお断りだーーーーと。
そして私の父はとても野心が強い方だ。
家の力を強くするための駒として私が使えないと悟ると、父は私のことを切り捨てるだろう。

つまるところ、私は晴貴様に婚約破棄をされたら行く宛もなくさ迷うことになるのだ。

そして晴貴様はそうなることをわかっておられるだろう。
そして晴貴様は私がそうなることを望まない。
自惚れでもなんでもなく、私のことを妹のように大切に思ってくださるからだ。

今回は晴貴様の優しさを利用しよう。

「……っ」

スヤスヤと深い眠りについている晴貴様を見ていると罪悪感で胸が締め付けられた。

ごめんなさい、晴貴様。

私は晴貴様の恋路を妨げないとお約束致します。
だからせめて、この居場所だけは、貴方の近くにいられる唯一の場所だけは、守らせていただきたいのです。

そう心の中で謝罪し私は晴貴様を利用することを決意した。

ーーーーそのときだった。


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