『番外編』
初めてのバレンタイン【12】
(ハァ……ドキドキした)
エレベーターを待ちながらかのこはホゥと息を吐いた。
久しぶりに聞く和真の生の声はいつもと同じように優しくて穏やかで耳に心地良かった。
それだけでも本当は胸がドキドキして、周りに誰もいなかったらそのまま胸に飛び込んでしまいたいとさえ思った。
「連絡くれたって……それに……」
やはり連絡を貰えなかったことにブツブツ言いながら、頭をよぎるのはこの前の電話のことだった。
『覚悟しとけ』
その声は今でも耳から離れない。
忘れられないバレンタインにすると言ってくれた、普通ならそれは胸をときめかせてお洒落をして待っていればいいと思う。
けれど最後の一言でそれが違う方向だとかのこは今までの経験から想像が出来た。
そしてどうしよう、どうしようと悩んでいてあと半日悩めると思っていたところに本人の登場でかのこの頭の中はちょっとしたパニックを起こしていた。
「ど、どうしよう……今日は身体の具合が悪いとかって……」
何とか先延ばしにする方法はないかとブツブツ考えているとポーンとエレベーターの来る音がした。
誰もいないエレベーターに乗り込み、本部長室のある階のボタンを押すと少しヒンヤリする壁にもたれ目を閉じた。
(困った……まったく予想外なんだけど)
さくらの言葉を借りるとしたら明日の朝一だと思っていた小テストをなぜか帰りのホームルームでやると宣言されたようなもの。
今日は先生に二回も会えて嬉しいっ! なのにテストが……まさにそんな気分。
ハァァァと深いため息をついたかのこはガタンッという音に驚いて目を開けた。
「あ、あああ……」
ほとんど閉じかけた扉の間に挟まれた手、それに反応するようにエレベーターが自動的に開いた。
そして身体が入る隙間が開くとスルッとその手が中に入って来て何事もなかったように扉が再び閉まり上昇を始めた。
(もう、何で何で何でっ!)
狭い密室でさっきの香りがより濃くかのこを包み込む。
「どうした? 機嫌が悪いのか?」
声、喋り方、そしてかのこのもたれた壁に手を付き体を屈めたその振る舞いもすべてが恋人の和真そのもの。
かのこは恐る恐る顔を上げるとすぐそばにいた和真のすぐに目が合った。
少し不機嫌なその声からは意外なほど優しい表情にかのこは驚きを隠せなかった。
「べ、別に……機嫌悪くないです」
「それにしては随分と無愛想だな? それが久々に恋人に会った時の顔か?」
和真の身体はスッと離れて操作盤のすぐ横にもたれた。
かのこから視線を外さずにジッと見据えたまま腕を組んで黙り込んだ。
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