『番外編』
初めてのバレンタイン【11】

「課長! いつ戻ってらしたんですかぁ?? お疲れ様ですっ!」

 真帆の黄色い声がかのこの鼓膜を震わせた。

(嘘……なんで……)

 帰国は今日の夜だったはずなのにどうして自分の頭上でその声がするのか理解出来ない。

 かのこは自分の目で確かめようとも思ったがどうしても怖くて振り返ることすら出来なかった。

「思っていたよりも早く向こうで仕事が片付いてね。これ、良かったら食べて下さい。あっちで美味しいと評判の店のチョコです」

「うわぁー! いつもありがとうございますぅ」

「ごちそーさまでーす」

 和真のチョコという言葉にかのこはピクッと反応した、でも何も言えずただ黙り込んでいるそばで猫なで声の真帆と気の抜けた声のさくらがお土産を受け取る。

(チョコ覚えていてくれたのかな……)

 電話で話したこと、咄嗟に「美味しいチョコ」と言ったことを覚えていてくれたかもしれない。

 それが自分ひとりの分じゃなくてもそれは嬉しいけど……。

 でもかのこは手放しで和真の帰国もチョコのお土産も喜ぶことが出来なかった。

(帰って来るなら帰って来るって連絡くれたって……)

 実はあの日から一回も連絡がないことをずっと気にしていたかのこはこんな風に突然帰って来た和真に少しばかり憤りを感じた。

 頭の中で色々考えていたといえ、会いたかったし声も聞きたかった。

 本当はメールも送りたかったけれど何て書いていいか分からず、何度も書いては消して書いては迷って結局送れずにいた。

 それなのに……。

 いつも通り優しい課長の顔をして帰って来た和真に少し、ほんとに少しだけ腹を立てた。

「それでですね……菊原さん、昼休みに申し訳ないんですがお使いを頼まれてくれませんか?」

 あくまでも優しい声音の和真に仕事モードで声を掛けられた。

 そうされては部下のかのこは無視することも出来ず顔を上げて「はい」と返事をするしかなかった。

「これを本部長室に届けてもらえますか? 持って行こうと思ったのですが、社長に呼ばれて今から顔を出さないといけないくなってしまったもので……」

「分かりました」

 かのこは顔も上げず真っ直ぐ前を見つめていた。

 スーツの胸元、お洒落なきっとどこかのブランドのネクタイが目に入る。

 話をしながら時間を確認したのか腕を上げた手首には高級腕時計、その時に風にのって運ばれて来た香水の香り。

 そのどれもが和真で、顔を見なくても頭の中で簡単に表情まで作り出せた。

 本当は顔を見ればいい、でも見てしまったら今の自分には上手くこの場を誤魔化すことは出来そうにない。

 そう思ったかのこは頭を下げると手渡された袋を持って足早にその場を離れた。

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