『番外編』
初めてのバレンタイン【9】

「さくらの男の趣味なんて聞いてないわよっ! 彼女の一人や二人や三人ってなによ! 課長がまるで女を食い物にしてるみたいな言い方、私は許さなくってよ!」

「だからー例えばの話ですってばぁ」

「例え話でも言っていいことと悪いことがあるわよ。あんな優しくて紳士的な方ですもの、きっと一人の女性だけを大切に心から愛するに決まっているじゃないっ!」

(優しくて紳士的……??)

 かのこは真帆の言葉を聞くと引き攣りそうな顔で必死に笑顔を作った。

 あれが紳士なら世の中の男性はみな紳士だとかのこは断言が出来る。

 あんなに意地悪で口が悪くて鬼畜で優しさの欠片もない……と憤慨しながらも一人の女性を愛してくれるのは当たってるかもと思う。

 考えてみたら優しさの表現方法が人と違うだけ(他の人を知らないから何とも言えない)かもしれない。

「真帆先輩、甘いですよー。あの手の男の好みは……」

 いかに課長が素敵な人かの演説を始めそうになった真帆をさくらが割って入りながらチラッとかのこを見た。

(えっ……な、なに?)

 その視線があまりにも意味深でかのこはドキッとする。

「ちょっと頭が悪くて、単純でからかいがいのある子ですよ。顔とかスタイルなんかきっと二の次でー自分に逆らわずでも飽きないくらい天然の単純でおバカな子が好きなんですよー」

 さくらがフフフッと笑うのを見てかのこはゾクッとした。

(やっぱり何か知ってる! 絶対さくら先輩ってば何か知ってる!)

 よく考えてみたらその内容はあまりにもヒドイものなのに、かのこはなぜかそのすべてに心当たりがありすぎて呆然とした。

 おまけにさっきのさくらの意味深な視線が余計に気になり、これは早めにさくらだけにでも事の真相を確認しなくてはいけないと確信する。

「…………それはいくらなんでも趣味が悪すぎじゃない?」

「えーでもバカな子ほど可愛いーとかいうじゃないですかぁ? ペットでもいつまでたってもおすわりが出来なくてもご主人様と餌を見ると涎ダラダラ流しながらアホみたいに喜ぶとめちゃめちゃ可愛くないですかぁ? 怒っても突き放しても結局はご主人様のところへ戻って来ちゃうんですよぉ?」

「た、確かに……可愛いかも」

「だからきっとーきっちり餌付けしてー躾もバッチリですよー。飴と鞭を使って調教……みたいなぁ?」

 かのこは二人の話を聞きながら俯いた。

 何か口を挟みたいと思っても一言も言葉が出てこない、というよりもさくらの言葉がいちいち自分に当てはまっていて口を開けばボロが出てしまいそうで怖い。

「いやぁーん! 課長になら調教されてもいいかもぉー」

「えぇー私は絶対お断りですねー。お願いされるならまだ許せるけどー命令されるなんて絶対嫌ですよー。あの顔で言われたらきっと踏みつけたくなりますぅ」

 どっちもどっちだ……とかのこは呆れた。

「って……そんなことはどうでもいいだけどー。菊ちゃん、何かあったのー? 神様? 残酷?」

「いえ……たいしたことじゃないんで……」

 二人のやりとりを聞いていたらさっきまで色々考えていたことはすっかり頭の中から抜けていた。

 それでもさくらから話を振られるとすぐに思い出しハァッとため息をついた。

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