『番外編』
初めてのバレンタイン【7】
かのこはなんて答えいいか分からずに必死に頭を働かせた。
「遠慮するなよ」
「べ、別に遠慮なんかしてないですよ。アハハハ……」
「いつも寂しい思いをさせてるからな。こういう時くらいワガママ言ってもバチは当たらないぜ?」
いつになく優しい恋人の声にかのこはまるで夢でも見ているようだった。
ドキドキと高鳴る胸を押さえながら気をつけていても緩んでしまう口元はなかなか戻りそうにない。
「あ、あの……じゃあ、美味しいチョコ……とか」
何の捻りもなかったけれどバレンタインといって浮かぶ物はチョコしかなかった。
言ってからブランドのバッグとかもっとあったのに……と後悔したが咄嗟にそういう物が思いつかないあたり自分には縁のないものだと思い知る。
(まぁね……持ってても似合わないしね)
自嘲気味に笑いながらいつの間にか気持ちが軽くなっていることに気付いた。
「かのこ」
「はい?」
「楽しみにしておけよ。忘れられないバレンタインにしてやるよ。」
「か、和真……」
そのまま切られてしまいそうな電話に少し寂しくて、周りに人が居ないのを確認して甘えた声を出した。
小さく笑う声に余計に寂しさが募る。
「ちゃんと仕事しろよ?」
「う、うん」
「いい子でいろよ?」
「うん」
「悪い子にはお仕置き……だったよな?」
「う、うん?」
「覚悟しとけ」
最後に氷のように冷たい声の一言ともに電話は切れた。
無機質な音しか聞こえない受話器を握り締めたままかのこは呆然とした、そして夢の世界から一気に現実へと引き戻された。
忘れられないバレンタイン=お仕置き、とても結びつかないその二つが和真の一言でガッチリと結びつく。
「忘れられない……お仕置き?」
そう呟くともう一人の自分が「ほんと浅はかだねぇ」とバカにした。
昼休みは残り十分、かのこは残り時間いっぱいお仕置きを逃れる方法はないか考えるはめになる。
そして始業の合図を聞きながら結局『わかめ酒』が何なのか分からなかったことに気付いた。
でも誰かに聞こうなんて浅はかな考えだけは天と地がひっくり返ってもするものかと心に誓う。
何も知らないかのこには『わかめ酒』とお仕置きが結びつくはずもなかった。
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