『番外編』
初めてのバレンタイン【6】
「お、おおおおおお……」
「それで電話番のつもりか? 上司にはお疲れさまです、だよな?」
「は、はい……。お、おおおお疲れ様で……す」
また喉の奥で笑う声が聞こえる。
(機嫌が良いわけじゃない……よね?)
割と機嫌が良い時に同じような笑い方をする、けれどこの状況ではとてもそうとは思えない。
「恋人には……何て言うんだ?」
試すようなその声音にかのこはヒュッと短く息を呑んだ。
「ご、ご――――」
頭の中に真っ先に浮かんだ言葉を口にしようとしたが躊躇った。
(まだ……そうと決まったわけじゃ……)
かなりの低い確率だけれど多岐川へ送ったメールを気付かれてないかもしれない、ただ仕事の用事でもしくは自分の声が聞きたくて電話をしてきただけかもしれない。
それならわざわざ自分からバラすようなことをしてはいけない。
「ご、ごきげんよう……」
「ほぉ? いつの間にそんな上品な挨拶をするようになったんだ?」
「おほ、おほほほっ……」
上擦る声で誤魔化すように笑った。
だが電話の向こうでは冷たい沈黙が流れている。
(困った、これはかなりマズイ)
「他に言うことはないか?」
「え、えっと……」
静かなその声が逆に怖い……とかのこは身震いした。
なんて答えようかと迷っていると考える隙は与えないとでも言いたげに言葉を継いだ。
「ないんだな?」
念を押されてウッと口篭った。
(絶対……バレてる)
分かっていたけれど欠片ほどあった希望はキレイサッパリ吹き飛んだ。
「ないな?」
「ご、ごめんなさい……」
これで最後だと言わんばかりの声で念を押されてかのこはガックリとうな垂れそして小さな小さな声で呟いた。
(怒られる、怒られる、怒られる……)
次に何を言われるのかとビクビクしていたのに和真から発せられた言葉は意外なものだった。
「土産は何がいい?」
「へっ?」
何が何だか分からなくてかのこの頭の中は?で埋め尽くされる。
「こっちではバレンタインは男から女にあげることが多いんだ。一緒にいてやれない代わりに好きなもの買ってやるよ」
「そ、そう言われても……」
(怖い……優しすぎる)
どんなに鈍感でもその言葉の裏に何かがあることくらい分かる。
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