『番外編』
初めてのバレンタイン【5】

「ごちそーさま」

 昼ご飯を完食したかのこは手を合わせて呟いた。

 まだ皆が戻ってくるまでには十五分ほどあり一人ではつまらないなぁと窓の外に目を向けようとすると机の上に置いた携帯が震え始めた。

(もしかして!)

 さっきのメールの返信かもしれないと素早く携帯を開いた。

 画面の名前を見てかのこは顔中に笑顔を浮べ鼻唄でも歌い出しそうな勢いでメールを開いた。

『浅はかだったな』

 たったそれだけだった。

「…………多岐川さん??」

 あまりにもキャラとは違うその内容に首を傾げた。

 でもその文字から伝わってくる得体の知れないなにかに背筋に悪寒が走った。

(浅はか……かもしれない)

 ようやく自分の頭の中で点と点を繋ぎ線と線が繋いでいく、そしてすべてが繋ぎ合わさると同時に見計らったかのように外線がけたたましく鳴った。

 その音にかのこは体をビクッと震わせた。

(き、来たっ……)

 ゴクリと唾を飲み込んでランプが点滅する外線電話を睨みつける。

(いやいや……ちょっと待って、私が電話番って知ってるわけないない)

 ただの外線電話と自分に言い聞かせてもなぜか受話器を取ろうとする手が動かない。

 その間も電話は鳴り止まず、まるで早く出ろと催促しているようだ。

 かのこは目をギュッと瞑り思い切って受話器を取り上げた。

「はい、キサラギ――――」

「よお」

 電話の相手は最後まで喋らせずとても仕事関係の電話とは思えない声で一言そう切り出した。

(マズイ、マズイマズイマズイ!!)

 寒くもないのに手が震え、暑くもないのに手の平にじんわりと汗が滲む。

 だがかのこは動揺を押し殺し必死に冷静な「フリ」をしようと受話器を握る手に力を込めた。

「どちらさまでしょうか?」

 声が上擦っている、震えているのもどうにもならない。

 耳に当てた受話器から「クッ」と聞こえて来た笑い声はすべてを見透かしたように自信たっぷりに聞こえる。

 それからこう続けた。

「恋人の声も忘れたのか? かのこ」

 地を這うような低い声にかのこは自主的に意識を手放したくなった。

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