『番外編』
My one and only lover.【7】
「ハッ……ほんと情けねぇ」
頬に涙が伝うと俺は顔を上げて夜景に変わったシアトルの街を眺めた。
結局そのまま真子の所には戻れなかった。
相手の男を前にしたら全身の血が沸騰してその後の事は覚えていなかった。
気が付いた時には必死に俺を止めようとするテツに殴られて我に返った時には男は動かなくなっていた。
それからは自分ではどうする事も出来なかった、真子の所へ戻りたいと地面に額を擦り付け何度頼んでも俺の願いは聞き入れられる事はなかった。
けれど日本を発つあの日最後に真子の姿を見られた。
意識を失った真子を抱き上げた俺はその体の軽さに愕然とした。
ここまで追い込んでしまったのは自分で真子の元を離れなくてはいけなくなったのも自分のせいだった。
それなのに真子を守ると口にした自分が情けなかった。
――あれから十年
ようやくあの日の約束を果たす事が出来る。
十年間一度として日本へ戻る事はしなかった、それが子供で浅はかだった自分が起こした咎への戒めと何度両親から帰るように言われてもそれを頑なに拒んだ。
そうする事で生まれ変わりたかった、誰も何も言えないくらい真子の隣に並んでも恥ずかしくない男になって堂々と真子を迎えに行きたかった。
バイクを乗り回しケンカばかりしていたあの頃には想像も出来ないほど死に物狂いで勉強した。
英語が話せないとバカにされて悔しくて涙を流す夜が幾度もあった。
その度に思い出すのは泣き顔の真子の顔、泣き顔ばかりで笑った顔が思い出せなかった。
それでも会いたい一心で真子はきっと待ってくれていると信じて自分を奮い立たせる毎日だった。
――そう十年、一度も連絡を取らなかった。
もう真子はとっくに新しい誰かに笑いかけているかもしれない。
俺のことなんか忘れて新しい恋をして辛かった過去なんか忘れて幸せに暮らしているかもしれない。
今さら俺が戻っても迷惑を掛けるだけかもしれない。
挙げたらキリがないほどの不安を感じていた。
またこの手に真子を抱きしめるその日の為に誰も知らないこの土地で十年頑張った。
それが報われなかったとしても俺に真子を責める資格はない。
俺は真子をこれ以上苦しめてはいけない、いつまでも真子が笑っていてくれたらそれでいい。
そう思っているのに……と苦笑いを浮かべた俺はテーブルの上に置いてあった小さな箱を手に取った。
「これも無駄になるかもな」
真子のために買った指輪。
サイズどころか受け取ってくれるかも分からないのに用意したのは今の自分が買える最高級のダイヤモンドの指輪。
俺は緊張と不安とほんの少しの期待を胸にシアトル最後の夜を過ごした。
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