『番外編』
初めてのバレンタイン【1】

 二月某日。

 昼休みの電話番をしていたかのこは壁に掛けられた白いボードを見てハァとため息をついた。

 【如月 〜2/20米国】

 大手製紙メーカー『キサラギ』本社営業一課課長は二日前にアメリカのニューヨーク支社へと発った。

 本来なら目の上のたんこぶでもある上司の長期出張ということで鬼のいぬ間に……といきたいところだがかのこの場合は少々事情が違う。

(何もバレンタインに行かなくても……)

 上司でもあるが恋人の長期出張、おまけに数日後には彼氏が出来て初めてのバレンタイン。

 ようやく自分も人並みにイベントを……とあれこれ考えていたのだから出張と聞いた時の落胆は大きかった。

 しかもガックリと肩を落としたかのこに向かって恋人は一言。

「くだらない。菓子屋の陰謀に乗るな」

 吐き捨てるように言うとさらにこう付け加えた。

「だいたい甘い物は嫌いだ」

 ピシャリと言い放ちまだ何か言いたそうな顔をするかのこに氷のような一瞥をくれた。

 だがバレンタインは何もチョコじゃなくて別の物でもいいじゃない? と素早く気持ちを切り替えたがそこである考えに行き着いた。

 果たして和真は自分が買えるような物を気に入るのだろうか。

 そして頭に浮かんだ物はプラチナブロンズに輝く高級車、いつも腕に輝く高級腕時計、有名ブランドのスーツ、ネクタイ……。

 思い出せば思い出すほど気が滅入りかのこは頭を力なく振った。

 だいたいセンスのいい和真が気に入るようなものを選ぶ自信も自分にはない。

「あ……お酒」

 スーツケースに衣服を詰めていた和真を見ながら思いついたように口を開いた。

「お酒は何が好き??」

「酒?」

「うん! チョコの代わりにお酒にするっ! あんまり高いのは買えないけど……何が好き? ビールはあんまり飲まないよねぇ……日本酒とか焼酎とか……ウイスキー、ワイン……」

 ベッドに腰掛けていたかのこは足をブラブラさせ指を折りながら酒の名前を挙げていく。

 黙々と荷物を詰めていた和真は手を止めてニヤリと口の端を上げた。

「そうだな。まだ飲んだことのない酒があるんだ」

「えっ! なになに??」

 興味を示した和真にかのこは嬉しくて弾かれるようにベッドから飛び下りて和真の横に座り込んだ。

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