『番外編』
誰にも言えないバレンタイン【1】
二月十四日。
色めき立った校内は朝からそわそわした男子学生といつもより可愛い女子学生が休み時間になるたびにそこかしこで頬を染めている。
「ありがとう。でも」
「い、いいの! 篠田君が貰ってくれるだけで……」
突き出された小さなピンク色の袋を受け取ると、名前も知らないその子はすごい勢いで走り去っていった。
休み時間になるたびに呼び出されている。
この時間も手にはすでに二つの紙袋があり、今貰ったばかりの袋もその中へと押し込んだ。
ホントに困ったな。
毎年この日は憂鬱で仕方がない、高等部に上がった今年は特に多いような気がする。
朝から学校へ着くまでの間に手渡されたチョコで鞄の中はいっぱいで、このままでは鞄に入りきらなくなりそうだった。
仕方がない、先生に言って何か袋を……。
教室まで戻ってくると入り口の側に立ち中の様子を窺っている女の子がいた。
「どうしたの? 誰か呼ぼうか?」
そのまま通り過ぎようとも思ったけれど大人しそうなその子に誰かを呼び出す勇気はとてもなさそうに見えて思わず声を掛けてしまった。
振り返ったその子はハッとした顔で俺を見てすぐに困ったように俯いてしまった。
どうしようかな……。
何も答えてくれないその子とこのまま教室の入り口で向かい合ってても仕方がない。
「余計なことだったかな、ごめんね」
「あ、あの……」
中に入ろうと扉を開けると小さな声で呼び止められた。
振り返ると意を決したように顔を上げてその子はようやく口を開いた。
「……し、し、東雲君を……」
一瞬、全身の血が凍りついてしまったみたいに体の奥まで冷えていくのを感じ気が遠くなった。
だが開いた扉の隙間から教室の中の大きな笑い声にすぐに我に返る。
この子、祐二に……。
どう見ても義理チョコを渡す雰囲気でないことは一目瞭然、そして色白で少し大人しそうで髪の綺麗なその子は多分祐二の好みのタイプ。
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