『番外編』
君が気付かせてくれた【5】

 今こうして綺麗な服を着ていられるのも、何の不自由もなく暮らしてこれたのもすべては誠さんと出会えたおかげ、この人だけは何かと天秤にかけることなんて……。

「変な顔してんな。ナンバーワンだって忘れんじゃねぇぞ」

「誠さん……俺……」

「大切な物、ようやく見つけたんだろ? 良かったじゃねぇか、逃げられないように掴まえておけよ」

「…………」

「あーウゼェ。さっさと帰れって。これからミーティングがあんだよ。じゃあな、明日は今日の分も働いてもらうからな」

 乱暴な言葉を残して誠さんが部屋から出て行くのを見送りながら、やっぱりこの人に出会えて拾ってもらえて良かったと思った。

 決して本人には直接言えないくすぐったい気持ちに包まれながら携帯を取り出した。

 リダイヤルの一番上、発信ボタンを押して、呼び出し音が……一回二回、三回。

「も、もしもし?……ケホッ、ケホケホッ」

 驚いたような上擦った声、何か食べてたのか慌てたように咳き込んでいる。

 どうしよう……電話で声を聞くだけでも幸せだ。

「麻衣、何してた?」

「べ、別に何も……してないけど」

「今から行ってもいい?」

「仕事……ケホッ、あ……あるんじゃないの?」

「大丈夫。優しいオーナーが休みくれたから。それに麻衣にすっげぇ会いたい」

「さっき会った……ばかりじゃな、い」

「それでも。会って、抱きしめて、キスして、それ以上のことも……だから行っていい?」

 少しの沈黙の後、ケホッと咳き込んでから「うん」と小さな声。

 きっと顔を真っ赤にしてるはず。

 携帯を閉じて早足で店を飛び出した俺の顔はきっとみっともないくらいニヤけている。

 今日だけ、今日だけと心の中で呟く。

 でもそれがずっと続くことになって俺が麻衣にプロポーズをすることになるのはまだまだ先の話。

end
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