『番外編』
君が気付かせてくれた【3】
けど今は違う、いや……今日から違うんだ。
本当に大切な人と抱き合うことはあんなに満たされることだと知ってしまったから。
「陸、陸ぅ……陸っ……」
掠れた声で名前を呼ばれるたびに腰に甘い疼きを感じた。
自制出来ないほどの快感に力の加減をすることも忘れて、ただ強く抱きしめキスをして今までに感じたことのない絶頂を迎えた。
それはほんの数時間前の出来事で、感覚はまだ生々しく自分の中に残っていて体が疼く。
「お前ねぇ……その顔で店に出んじゃねぇぞ」
仕事が始まる前、店の一番奥オーナールームでいつもの時間。
向かい側に座っている俺の雇い主の誠さんの声にハッと顔を上げた。
呆れた顔をしながら俺の指から灰が落ちそうになっているタバコを取り上げて灰皿に押し付けた。
その顔と言われてしまうことに自覚はある。
きっとみっともないくらいニヤけた顔をしている、こんな顔じゃ仕事にならないのは分かっているけれど今日だけは許して欲しい。
喜びを顔から消すことなんて出来るかよ。
「なんかあったのか?」
「俺、すげぇ幸せ……」
「はぁ?」
「女抱いてあんなに愛しいとか離したくないとか……終わった後もそばにいたいとか、裸で抱き合うだけで幸せだとか……ほんと初めてで……」
頭に思い浮かべるその女(ひと)の名は麻衣。
八歳年上、童顔、少し意地っ張り。
ようやくようやく俺を受け入れてくれた最愛の女(ひと)。
麻衣に出会わなかったらこんな幸せな気持ちは感じられなかったかもしれない。
「なに、上手くいったの?」
「ヤバイっすよ、マジで本当、マジで……可愛い」
「お前さ、自分の仕事分かってんの?」
「分かってるけど、ホストが彼女作っちゃいけないなんて法律ないっすよね?」
誠さんの声は刺々しく不愉快そうに眉間に皺を寄せている。
[*前] | [次#]
コメントを書く * しおりを挟む
[戻る]