『番外編』
My one and only lover.【2】
「雅樹! 落ち着けって!」
「離せって! 何かあったに決まってんだろっ!」
バイクに跨ろうとする俺の腰をテツが掴んで離さない。
辺りは暗くなって一時間ほど前から降り始めた雨は本格的になり剥き出しの腕に激しく打ちつける。
「他の奴らに探させてっから! 真子ちゃんから電話来るかもしんねぇだろっ! お前は部屋にいろって」
二人ともずぶ濡れだった。
真剣なテツの表情に仕方がなくバイクから離れると部屋に戻った。
(クソッ……どこ行ったんだよ!)
真子はもう一時間以上も前にアルバイト先を出たはずなのに家に帰っていない。
昼間ケンカ別れをしたままだったからてっきり拗ねて俺の所に顔を出さないだけかと真子の家に電話をしてみたらまだ帰ってないと冷たく電話を切られた。
「イライラすんなよ」
部屋に戻るとテツがタオルを投げてよこした。
俺はそれで乱暴に髪を拭くと散らばった雑誌を避けるようにして床に座り込んだ。
昼間見た真子の姿が脳裏を過ぎる。
薄い水色のブラウスにスカート姿で目に涙を浮かべて部屋を出て行く後ろ姿を見たのが最後だった。
ただの何でもないケンカのはずだった。
真子のバイトが終わればまたいつも通り顔を見て飯食って少し拗ねてる真子をなだめるはずだったのに……。
「バイト先の奴と寄り道してるだけかもだろ?」
テツの言葉にさらにイラついた。
俺とケンカしたからってそんな当て付けのような事を真子がするはずがないと思いたいのにもしかしたらそうかもしれないと気持ちが揺れる。
自分に愛想が尽きたのかもしれない。
バイトばかりに明け暮れて最近は真子と一緒にいる時間が少なかった。
それでも真子は俺のそばにいるという自信があった、だから今日だってあんなケンカしたって真子は必ず俺の所に戻ってくると思ったんだ。
ジリッ、ジリリ……
「真子! 真子かっ!」
静かな部屋に鳴り響いた電話の音に俺はすぐに反応して受話器を取った。
冷たい受話器を耳に押し当てて返事を待ったが小さな雑音ばかりで何も聞こえない。
「もしもし? もしもし? 真子? おいっ! 真子なんだろっ?」
それが真子だという確証はなかったけれど受話器に向かって叫んだ。
テツも心配そうに俺の顔を見て受話器から漏れる音に耳をそばだてる。
電話の向こうの相手は何も口を開かない、イライラするほど長い時間の沈黙が続いても俺は何度も何度も真子の名前を呼んだ。
「…ご…めんね」
小さなその声は紛れもなく真子の声だった。
俺はようやくホッと息を吐いた。
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