『番外編』
寒い日の朝に【1】

 寒くて目が覚めた。

 寝直そうと思ったのに、急激に催した尿意には勝てず、ベッドから下りるついでにカーテンの隙間から外を見た。

 まだ暗くて夜かと思ったけれど、東の空はすでに夜が明けていた。

 あと一時間は眠れるな、さっさとトイレを済ませて温かい布団に戻ろう、そう思っていると窓の外からカチャンと音が聞こえた。

 何気なく、ほんと何の気なしにもう一度窓の外を見ると、隣の家の門扉を閉めて歩き出す貴俊の姿が見えた。

 また走りに行くのかと思ったが、昨日の貴俊の言葉を思い出した。

 ――朝練前に少し自主トレしたいんだ。一緒に学校行けなくてごめんね。

 その時はせいせいするなんて笑い飛ばしてやったけど、本当は少しだけ残念だと思っている自分がいた。

 決して寝坊しないように起こしてくれるからではなく、駅への道のりや電車に揺られている時間は、たとえ会話がなかったとしても隣に貴俊がいないと変な感じがするからだ。

 それにしても貴俊は悔しいくらい何でも出来る、勉強も運動だって何をやらせても上手い。

 顔がいいのは生まれつきだし、勉強や運動だって資質みたいなものが大きく関係するとは思うだろうけど、俺が知っている限り貴俊は天才じゃない。

 貴俊はちゃんと努力している。

 テスト前は遅くまで部屋の電気が点いている、それは決して自分みたいにゲームをやりながら寝てしまったわけではないし、休日の朝は早朝からランニングしていることも、部屋で筋トレしていることも知っている。

 その結果が今の貴俊なんだ。

「ほんとすげーよな。生徒会も部活も、なんてよ」

 生徒会の仕事が忙しくて部活なんてまともに出てられないらしい。

 万年補欠の自分とは違い、貴俊は弓道部の部長だ。

 部長の自分がしっかりしないと示しがつかないからと言っていたことを思い出す。

 後輩からは慕われて、先輩からは頼りにされて、先生からは信頼されて、本当にムカつくくらい優等生のくせに、貴俊は他の誰にも見せない顔で俺を好きだと言う。

 勉強も部活も生徒会もどれも大事だけれど、比べられないほど大切なのは俺しかいないと真剣な顔で言う。

 夜も明けきらない道を駅に向かう貴俊の姿はすぐに見えなくなった。

 昨日、学校に一緒に行けないと言った貴俊に俺は「これから毎日そーしろ」なんて言った、貴俊はいつものようにふわりと笑って「やだよ。朝から祐二を見れないなんて、その日一日どうやって過ごしたらいいのか分からない」なんて返してきた。

 学校へ行けば顔を合わせるのにバカな奴だ、なんて思ったけれど……貴俊の真っ直ぐな言葉を聞くたびに心の奥がムズムズするけれど温かくなる。

「仕方ねーなー」

 こんな時間に目が覚めてしまったのも何か意味があるのかもしれない。
 身体も二度寝を要求して来ないところをみると、今日の睡眠時間は十分に足りているらしい。

「便所行って、顔洗うかなー」

 声に出すのはなんか白々しいな、誰も聞いていないのにそんなことを思った。


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