『番外編』
2011☆SUMMER45
キスが出来そうなほど近くにいた陸の顔が、ほんの少しだけ離れて、話を聞くという瞳を向けられた。
躊躇しながらも、ハッキリとその言葉を唇に乗せた。
「ナメクジがね……ここに、いてね」
麻衣は人差し指で自分の二の腕を指差した。
「へ?」
よほど驚いたのか、陸はポカンと口を開けていたけれど、構わず夢の続きを話した。
「それが動いて脇の方へ入って来て、すっごい気持ち悪くて、取ろうとしたんだけどちっとも取れなくて、それで仕方なく叩いて……。あーもう、今思い出しても気持ち悪い!!」
麻衣は本当に気持ち悪そうに顔を歪めると、ベッドサイトに手を伸ばしてティッシュを数枚引き抜き、夢の中でナメクジが居た場所をゴシゴシと吹いた。
夢の中の出来事だったのに、ハッキリとした感触が残っている二の腕を拭きながら、目の前の陸が一言も話さないことに気付いた。
「陸?」
どうしたのかと視線を向ければ、そんなに驚く内容だったのか、陸は放心状態で視線も宙を彷徨っている。
(叩いたせいでおかしくなっちゃった??)
そこまで強く叩いたつもりはないけれど、何せすべては夢の中の出来事で、力の加減なんて出来たかどうかハッキリしない。
麻衣は身を乗り出して、陸の頬に手を伸ばした。
「陸? 大丈夫??」
静かに頬に触れると、宙を彷徨っていた陸の視線が揺れながら下りてきたが、その瞳がわずかに濡れていることに気が付いた。
「り、陸……ごめんね? そんなに痛かった? ごめんね?」
自分が叩いてしまっただろう頭をまるで子供にするように撫でていると、目に涙を溜めた陸は身体を倒して肩に額を乗せてきた。
「俺、もう立ち直れない」
落ち込んでいる陸の声に、麻衣は頭を抱きしめるように腕を伸ばした。
陸の濡れている後ろ髪を優しく撫でながら、もう一度小さく「ごめんね」と謝った。
(なかなか機嫌直らないなぁ……)
鼻腔にふわりと香ったアルコール、いつもよりきつめの香りに、仕事で何かあったのかもしれないと、麻衣は抱きしめる腕を強くした。
「陸、元気出して? 私に出来ることある?」
仕事の悩みを解決することは出来ないし、悩んでいることを何でも話して、といっても聞くのは少しだけ怖い。
自分に出来ることは少ないけれど、せめて仕事から離れている時くらい、ホッと出来る環境を作ってあげたいと思っている。
「……してくれる?」
弱々しい陸の声、いつもと違うその声と甘えてくる仕草が可愛くて、襟足に掛かる髪を指で弄りながら「いいよ」と答えた。
「服脱いで?」
「…………」
「そんで、エッチしよ? ってお願いして」
顔を上げた陸が可愛らしく首を横に傾げる。
麻衣は陸の身体から手を離し、続けて肩に手を置くと陸の身体をグイと押し返してから、背を向けてベッドに横になった。
(心配なんかするんじゃなかった)
仕事から帰って来て、疲れている陸を癒してあげたいという気持ちも、偶然とはいえ叩いてしまったことを申し訳なく思っていた気持ちも吹き飛んだ。
「じょ、冗談だってば!」
ごめんね、麻衣という声の後に、パンッと手を合わせる音が聞こえて来た。
横向きで目を閉じていた麻衣は、そっと目を開けて視線だけで後ろを窺った。
陸はベッドの上で正座をして、顔の前で合わせた手の向こうから、チラチラと視線を送っている。
「怒った?」
膝を使ってジリジリとにじり寄ってくる陸の姿に再び絆されそうになってしまうけれど、麻衣はもう騙されてなるものかと目を閉じて、拒絶の背中を向けた。
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