『番外編』
2011☆SUMMER44

 眠っていた麻衣は、手の平に感じた衝撃と、その後に発せられた陸の叫び声に飛び起きた。

「イッテェ!! 痛いってば、麻衣ッ!! たんま、たんま! ちょっ……」

 まどろむこともなく、パチッと目を覚ました麻衣は、薄暗い部屋の中で、すぐに陸の姿を確認することが出来た。

 ベッドの上の陸は身体を小さくさせて、腕で顔を庇うような格好をしている。

「……陸、何してるの?」

 仕事から帰って来て、シャワーを浴びたばかりなのか、見た目にも髪が濡れていると分かる。

 麻衣は身体を起こして、ベッドサイドの電気を点けてから陸の顔を覗き込んだ。

「麻衣、ひどい!」

「え?」

「叩くなんて、ひでーじゃん!」

「……?」

 麻衣は耳を疑った。

 陸を叩くなんて考えられない、もしかしたら寝惚けているだけかもしれないと、軽く頭を横に振っていると、明らかに機嫌を損ねた陸の顔が近付いた。

「な、なに……?」

 ズイ、と顔を近付けられて、思わず身体を後ろに引いてしまう。

(あれ……もしかして、本当に叩いた……とか?)

 冗談ではなさそうな陸の顔に、麻衣はようやくさっき感じた手の平の衝撃を思い出した。

「あれ……」

「あれ、じゃない!」

「もしかして……」

「麻ー衣ー?」

「私、陸を叩いたの?」

 手の平にはわずかにその時の感触が残っていて、麻衣は手の平に視線を落としてから、ゆっくりと顔を上げた。

 さっきよりも近付いていた陸の顔、間近で陸と目が合ってしまうと、後ろめたさから思わず目を泳がせた。

「だーかーら! 叩いたって言ってるじゃん! 麻衣ひどいよ! 俺、傷ついた!」

「え、えーっと……なんていうか、夢を見てて……、それで……」

「夢? 夢ってどんな夢?」

 陸から本気の抗議をされて、うろたえてしまった麻衣は、すぐには自分の失言に気付くことが出来なかった。

「あ、あのね……」

 言いかけた麻衣はハッとして口を手で覆った。

(これ言ったら……ますます陸の機嫌が悪くなるんじゃ……?)

 状況が悪化することは目に見えているけれど、ここで誤魔化しても結果は同じだと、目の前の陸を見てそう悟った。

 それなら誤魔化した方がまだいいかもしれない、どうしようかとしばらく逡巡していた麻衣は、陸の低い呼び掛けに中断させられてしまった。

「麻ー衣ー。誤魔化そうとか、思ってないよね?」

「えっ!? なんで分かったの?」

「麻ー衣ー?」

(あーもう、私のばか、ばか!)

 自分はどうしてこんな単純な手に引っ掛かってしまうのか、麻衣は落ち込みそうになったけれど、それよりも早く陸の手に両頬を挟まれた。

「ほら、言って」

 逃げることも出来ず、上手い嘘を吐ける自信もない。

 麻衣はごくりと喉を鳴らした。


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