『番外編』
2011☆SUMMER43
連日の熱帯夜のせいで、寝苦しく睡眠不足の日々が続いていた。
朝、目が覚めてもスッキリしない日が多く、今夜はとうとう悪夢まで見てしまった。
ここがどこかも分からない、自分しか居ない場所で、麻衣は自分の二の腕を見て言葉を失い、一瞬だが気が遠くなり視界が暗くなった。
(夢! そうこれは夢よ!)
こんなことが起きるはずが無いと、夢の中の麻衣は自分に言い聞かせ、目を一度ギュッと閉じると意を決してそろそろ持ち上げた。
(い、いる……っ)
陽に焼けていない二の腕は、膨張色の白のせいか自分の目にはやたら太く見える、いつもなら目を背けたくなるけれど、今はそんなことは気にならない、それよりも二の腕に張り付いている人差し指大のナメクジに視線は釘付けだった。
(な、なな……)
恐怖と気持ち悪さのせいで言葉も出ない、早く取り去りたいのにそれに触れる勇気も出ない。
全身が硬直したまま、ナメクジをジッと凝視していると、それは突然動き出した。
身体全体をくねらせるようにして、それはあろうことか脇へと入り込もうとしていた。
脇の辺りでヌメヌメと動くそれに、麻衣はとうとう我慢の限界を越え、金縛りが解けたように声が出て、ピクリとも動かなかった反対側の手を動かした。
「イィィィヤァァァッッッ!!」
叫びながら渾身の力で、柔らかいそれを排除しようとした麻衣の指先、触れるのは出来れば一瞬で感触さえも感じたくないと思ったが、それは意外にも硬くおまけに肌に張り付いてた。
「イーーヤーーッ!!」
肌から剥がれないナメクジに、パニックになりかけながらも、何とかそれを剥がそうと指を肌との間に滑らせて引っ掻いた。
(やだ、取れない! もう、やだやだやだぁぁぁっ)
まるで接着剤でも付いてるかのように、肌にピタッとくっついてしまっている、それどころかナメクジ自身が離れまいとしているのか、まるでタコの吸盤のように吸い付いているようにも感じる。
あまりの出来事に目尻にじわりと涙が滲んだ。
ナメクジなら身体に傷は付かないとか、害があるわけじゃないから我慢すればいいとか、考えをシフトしようとしたけれど、到底納得できるわけがなかった。
(こ、こうなったら……残された道はこれしかない)
脳裏に浮かんだ決断は、相当の覚悟を要することで、麻衣は思わずゴクリと喉を鳴らした。
引き剥がすことが出来ないのなら、残された手段はその命を絶つことだった。
刃物を使うのは危険すぎる、手元が狂ったら大惨事になることは間違いない。
ナメクジ一匹に刃物は大袈裟すぎる、刃物を用意する時間も惜しい、事は緊急を要するのだと、自分自身に言い聞かせて反対側の手の平に視線を落とした。
(た……叩き潰すのよ、麻衣)
実行した後のことを考えると、躊躇してしまうけれど、今は考えまいと首を横に振った。
(ご、ごめんね……ナメクジさん)
本当はこんな方法を取りたくない、でも仕方ないのだと心の中で詫びてから、大きく手を振りかぶった。
手の平がナメクジ目がけて振り下ろされた、が……それは硬く形を変えることもなく、腕に張り付いたままだった。
「こ、この……っ」
一度やってしまえば、二度も三度も同じことで、麻衣は続けて手の平を振り落とした。
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