『番外編』
2011☆SUMMER40

 辛く苦しいだけのお仕置きの後は、淫らだけれど甘いお仕置きが待っている、はずだった。

 お仕置きだと言って和真はいつも酷いことをするけれど、そんなことを忘れてしまうくらい蕩けるような甘い時間を、たっぷりと与えてくれるのに……。

 行為が終わったあと、身繕いを済ませた和真は何も言わずリビングへ行ってしまった。

 キッチンの冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを片手に、ネクタイを抜き取りシャツのボタンを外し、タバコを吸いながらパソコンでメールチェックを始めた。

(あれ、どうして……)

 どうしていいのか分からず、かのこはリビングの入口から動けなかった。

 あの流れだとあのまま寝室へ連れて行かれるだろう、と思っていた。それは熱くなった身体を慰めてくれると、期待している自分もいた。

 でも、これでは和真だけスッキリしてしまって、自分は宙ぶらりんのまま放り出された気分。

 自分の身体の熱を持て余していても、自分から誘うことなんて出来るわけがないし、だからといって和真のように、何もなかったような顔をして座ることも出来そうにない。

(どうしたらいいの?)

 いつも受け身ばかりで、そういえば自分で何かしたことがないことにようやく気が付いて、こういう時はどうすればいいのかさえも分からない。

 恋人ならもっと遠慮がなくてもいいかもしれない、そう思ったすぐ後で図々しいと思われたらどうしようと不安になる。

 部屋に入ることも出来ず、一人悶々としていると、背を向けたままの和真に声を掛けられた。

「どうした?」

 声を掛けられた安心感から、ようやく一歩を踏み出せたかのこの足は、続けられた和真の言葉に次の一歩を踏み出すことは出来なかった。

「帰るなら、タクシー呼ぶか?」

 幻聴だと思いたいその言葉に、かのこはこれ以上ないほど顔を強張らせた。

(まだ、怒ってるから?)

 平日だからという理由はあるけれど、こんな時間に部屋を訪れたら、それが週の半ばだろうが当たり前のように泊まっていくことが常だった。

 帰れと強くは言われなかった、でもやんわりと帰ることを促されたのだとしても、結局は同じことで、泣きたくなるほど悲しい。

(帰りたくないって言ったら? それでも、もし帰れって言われたら?)

 どれだけ考えても答えの出ない自問自答を繰り返していたかのこは、いつの間に和真が目の前に来ていることに気付かなかった。

「泣きそうな顔だな」

「え?」

 不意に聞こえて来た声、その声がすぐ側かから聞こえて来たことに驚いて顔を上げると、楽しそうな和真の顔と目が合った。

「お前の泣きそうな顔は悪くない」

「な……に、言って……」

「帰りたいのか? 帰りたくないのか?」

 今度は二択で聞かれたことで、かのこは少しだけ安堵することが出来て、色々と悩むことを止めて、自分の素直な気持ちを口にした。

「帰りたくない」

 口調が少しだけ拗ねたものになったしまったけれど、さっきの今なのだから仕方ないと自分を納得させる。

 和真の反応が少し怖かったけれど、その答えはどうやら和真の満足いくものだったのか、口元にすぐに笑みが浮かべ、伸びて来た長い腕が身体を抱き寄せた。

「あ……っ」

 抱きしめた和真の細く長い指が顎に添えられ、わずかに上を向かされると、唇を掬い上げられるように奪われた。

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