『番外編』
2011☆SUMMER37

「クラブ、行くじゃないですか?」

「クラブ? ああ……あれは仕事でだろ」

 一瞬首を傾げた和真は、呆れたように軽くため息を吐くと、こともなげに一蹴した。

 予想していた和真の返事に、かのこは胸を張ってハッキリと主張した。

「じゃあ、私も仕事です!」

「おい、さっきから何が言いたい。いい加減にくだらないことは……」

「会社の先輩との付き合いは大事です! 先輩から行こうと誘われたら簡単には断われません! 和真がホステスさんがいるお店で飲むのと同じように、私も仕事でホストさんがいるお店で飲んだだけです!」

 ここまで反論したことが今まであったかな、と反芻しているといつの間にか和真の表情が変化していた。

 いつもの悪巧みを思いついたような意地悪な顔を和真が近付けてくる。

「あくまで自分は悪くない、とでも言いたいのか?」

「そ、そうですっ!! 悪いことなんてしてません。疚しいこともしてません。お……男の人の隣に座ってお酒飲んだだけです。合コンみたいなものです!」

「合コン?」

(しまった! 例えを間違えた!!)

 額に筋を浮かべるのを見て、慌てて首を横に振って訂正した。

「ご、合コンとはちょっと違うけど、えっと……あの……、あ! 居酒屋で相席したような、感じ?」

 今まで居酒屋で相席を頼まれた事なんてなかったけれど、苦し紛れにそんなことを言うと不意に和真の身体が離れた。

(どうしたんだろう)

 圧迫感もプレッシャーも取り払われたけれど、今度は言い知れぬ不安に襲われたかのこは、離れた和真の顔を窺い見た。

「ったく……分かった、分かった」

(ウソ……)

 和真が笑っていた。

 バカにしてるわけでも、皮肉っているわけでもなく、楽しげに声を立てて肩を揺らして笑っている。

 広い玄関の反対側の壁にもたれ、身体の前で腕を組んだ和真は、笑い終えてもなお楽しげな表情を見せていた。

「男に囲まれて飲む酒は美味かったか?」

 嫌味が込められていることは分かったけれど、声に刺々しさがないことにホッとした。

「べ、別に……普通です」

「今さら取り繕うなよ」

「そ、そんなこと……。だって、お酒なんてみんな同じような味、じゃないですか……」

「最悪だな、お前」

「だ、だって……」

 普段から高級店と呼ばれる店へ食事に連れ出してくれる和真、食事の時にはそれぞれ料理に合ったアルコールが提供される。

 和真が自らワインリストから注文した料理やその時の気分からお勧めのものを選んでくれることもあった。

(甘いとか苦いとか、そういうのは分かるけど、深みとコクなんてのはさっぱり分からないんだもの)

 自分はきっと繊細な味を見極める舌を持っていないのだと思いかけたかのこはあることに気が付いた。

 和真の連れて行ってくれる店は味もサービスも最高級、美味しいと思うのは当たり前だけれど、たまに頼むピザのデリバリーも、コンビニ並んでいるチューハイも、和真と一緒ならどれもすごく美味しい。

(和真と一緒だから? それだけで……)

 それはきっと不思議な魔法で、好きな人の隣で見る景色がキラキラ輝くのと同じように、好きな人と一緒に食べる料理は、どんな高級料理にも敵わないのかもしれない。

 今日、店で飲んだ高いと有名なシャンパンも、きっと和真と一緒に飲んだら感動を覚えたに違いない。

「何を笑ってる」

「今度、一緒にシャンパンが飲みたいです」

「シャンパン? 俺にホストの真似事をしろ、と言うつもりか?」

(それもいいかも……)

 思っても口に出すべきではない本音は胸にしまい、かのこは笑って首を横に振った。

「折角の美味しいお酒なら、ちゃんと美味しく飲みたいなーって」

「何だ、それは」

 和真が意味が分からないと肩を竦めても、かのこはその夜が素敵な一夜になると確信していた。

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