『番外編』
2011☆SUMMER35
玄関に入るなり壁に身体を押し付けられた。
叩きつけられた肩の痛みより、すぐに唇を塞がれたキスの激しさに息苦しさが勝った。
(な、なに……!?)
靴も脱いでいないのに、貪るように舌を絡め取られ、息苦しさに和真の身体を押し返そうとしても、手が食い込むほど強く押さえつけられてしまう。
アルコールの強い香りが自分のものじゃないと気付く頃には、持っていた鞄は手から落ち、大理石の床に携帯が音を立てて飛び出した。
「か……和、真?」
長い長いキスを終え、ようやく唇が離されたかのこは、大きく息を吸い込んでから、和真の顔を見上げた。
(怒……ってる)
斜め上にある和真は落ちた前髪が額を覆い、キスで濡れた唇が艶めき、男性とは思えない色香を放っている。
いつもならウットリと見惚れてしまうかのこも、欲情よりも怒りに染まった瞳に射殺されそうな雰囲気に喉を鳴らした。
「相変わらず、下手なキスだな」
「え、あ……」
ようやく開いたと思った和真の口からはそんな冷たい言葉が出てきた。
からかっているだけなのか、それとも他意があるのか、判断に迷っていると和真は視線を合わせるように身体を屈めてきた。
顔を近付けられ、キスで濡れた唇を指で痛くなるほど強く拭われる。
「和真?」
ジッと見つめたまま、何も言わない和真の態度に首を傾げると、和真はゾッとするほど冷たい笑みを浮かべた。
「ホストにキスの仕方は習わなかったのか?」
和真の言葉に頭が真っ白になった。
身体中の感覚が麻痺してみたいに、耳には音が届かなくなり、瞳は目の前の和真の顔をボンヤリとしか映さない。
自分の足で立っているはずなのに、その感覚さえも遠くて、壁に身体が預けていたおかげでどうにか立っていられることが出来た。
言葉も何も出ないまま、かのこの全身に感覚が戻って来たのは、かのこの顔のすぐ横の壁に、大きな音を立てて和真が手を付いた瞬間だった。
耳のすぐ側で鳴ったバンッという音に、身体をビクリと震わせてかのこは動かなかった瞳をゆらりと揺らし、目の前の和真に焦点を合わせた。
「あ、あの……」
聞きたいことも、言いたいことも、たくさんあるけれど何から言えばいいのか分からず、口を開いても言葉は続かなかった。
(どうしよう。怒ってる原因は間違いなくホストクラブに行ったからだ)
わざわざアパートの前で待っていたことや、一言も話さなかったことの理由は、すべて自分にあったことにようやく気が付いた。
(私……バカだぁ)
誘われるままについて行ったのは事実だけれど、その店がどんな場所か分かった時点で帰ってくるべきだったかもしれない。
和真がどうやってそのことを知ったのか、気になるけれど今はそんなことを気にしている余裕はなかった。
とにかく和真の怒りを鎮めることが最優先だと考えたかのこは震える声で謝罪の言葉を口にした。
「ご……ごめんなさい」
悪いことをしたら謝るのだと教えられてきたけれど、それは同時に悪いことをしたということを認める意味もある。
そんな簡単なことも言う前に気付くことが出来ず、かのこは和真の顔が歪むのを見て、自分が大きな失敗をしたことに気が付いた。
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