『番外編』
2011☆SUMMER34
ホテルのような高層マンションの前、停まったタクシーから降りた和真はタクシーが走り出すより早くマンションへと歩き出した。
「あ、待って」
何も言わず歩き出した和真を追い掛け、かのこは隣に並ぶと、チラッと視線だけで和真の表情を窺った。
(怒ってる……とは違う?)
タクシーの中ではずっと無言、表情は見るからに無表情だけど、仕事の営業以外で女性を惹きつけるような笑顔を見せることはまずない。
いつもの和真といえばそう思えるけれど、わざわざアパートの前で待っていたことが引っ掛かる。
少し前の自分なら、理由がハッキリしなくても、自分のせいじゃないかとビクビクしていたと思う。
和真と一緒にいたら、少しくらい和真の機嫌が悪そうでも気にしたらやっていられない、そして今夜はアルコールの力が、さらに気持ちを大きくさせた。
「私、初めて見ました!」
和真がエントランスで解錠する横で、バッグを後ろ手に持って並び、身体を屈めて下から和真の顔を覗き込んだ。
「釣りはいい……なんて、私も一度は言ってみたいなぁ」
タクシーを降りる際に、和真が口にした言葉を真似して、声を出して笑うと和真はチラリと視線を向けただけで、開いたドアの向こうへと歩き出してしまった。
(やっぱりおかしいかも)
いつもの和真ならここで、黙ってバカにした顔を見せるか、バカにしたように笑うか、そのどちらかだと思う。
機嫌が良ければ何か一言があることもあるけれど、こんな風に読むことの出来ない無表情を向けられることはなかった。
(ど、ど……しよう)
機嫌が悪いことはハッキリしたけれど、原因が何にあるのか見当もつかない。
会社での和真を思い出しても、そこまで機嫌が悪いようには見えなかった、といっても会社ではまるで別人といっても過言ではなく、たとえどんなに機嫌が悪かったとしても、顔や態度に出すことはまずなかった。
(私が帰った後に、会社で何かあったとか?)
取引先と何かトラブルがあって、今の時間まで対応に追われてしまい、さすがの和真も疲れてしまったのかもしれない。
その疲れを癒すために会いに来てくれたとか?
これはよくある理由だけれど、家族と何かトラブルがあったかもしれない。
株式会社キサラギの社長で和真の父とは、プライベートで一度だけ会ったことがあるけれど、とても穏やかな人柄が顔に出て中身もそのままの人だった。
一番可能性があるのは母親だろうけれど、憶測ではあるけれど直接和真に何かするとは思えない、それなら和真の機嫌を損ねることが出来る人物は、兄の真尋しか浮かんで来なかった。
(また真尋さんが面白おかしく、からかったりしたのかも)
機嫌の悪さの原因がよもや自分にあるとは思わないかのこは、一言も発しない和真と一緒にエレベーターに乗り込んだ。
この後にとんでもないことが自分の身に起きるとも知らず、上がっていく階数を目で追いながら、後ろ手に持っていた鞄をユラユラ揺らしていた。
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