『番外編』
2011☆SUMMER24

 食べ終わったアイスの棒を銜えたまま、祐二がベッドの上に腹ばいになってマンガを読んでいると、部屋の主が入ってきた。

 Tシャツにハーフパンツ、髪は乾かしてきたのか八割方乾いているのに、手にはタオルを持っている。

「あれ、温度下げた?」

 貴俊が部屋に入った所で足を止めた。

「だって、あちぃもん」

 祐二は少しだけ不満そうに顔を上げると、カチャリと小さな音が聞こえ、気を取られたおかげで貴俊にリモコンを取り上げられてしまった。

 ピピッと音が聞こえ、元の温度に戻されたのが分かると、祐二は抗議のつもりで足をバタつかせた。

「あちぃんだぞ」

「ダメだよ。ほら……もうこんなに身体が冷えてるし、髪も乾かしてないから濡れたまま冷たくなってるじゃないか」

 ベッドの端に腰掛けた貴俊が、剥き出しの肩と後ろ髪に触れた。

「別に平気だっての」

「風邪引いたらどうするんだよ」

「バカは風邪引かねぇーんだよ」

 こういう時だけ、自分をバカだって言うんだから、勝手なものだと思う。

 祐二はマンガに視線を戻し、ページを捲ると口に銜えていたアイスの棒を取り上げられた。

「なに、すんだ……」

 味もしないけれど、何となく銜えていたかっただけに、文句を言おうと顔を上げたが、最後まで言えず言葉を呑み込んだ。

(な……んだよ、あれ。どーしたんだ、俺)

 上から覗き込むように近くなった貴俊の顔、もうずっと見慣れた顔のはずなのに、胸の奥がキュッと音を立てる。

 部屋は涼しいはずなのに、身体の奥がじわりと熱くなっていくのが分かる。

(何が違うってんだよ……)

 たしかに貴俊とは幼なじみという枠を超えていて、ときめくことがあっても不思議じゃない。

 自分の性格ではそれを素直に認めることは出来ない。

 きっと何かが違うはず、無条件にときめくはずがあるわけない。

 それが何なのか確認しようと、祐二はいつもならあり得ないほど、真っ直ぐ貴俊の顔を覗き込んだ。

(あ、すげーまつ毛長い)

 こんな近くで顔をマジマジと見たことは初めてかもしれないが、改めて貴俊の顔が整っているのだと思い知っただけになった。

 貴俊と付き合ってはいるけれど、他の男と付き合えるかといえば、それは即答でノーといえる、当人しか分からない複雑な気持ちではあるけれど、そんな理由から男の顔を見てときめくなんて考えられなかった。

(きっと気のせいだ)

 一晩寝て目が覚めたら、いつもの自分に戻っているはずに違いない。

「祐二、どうしたの?」

 ジッと顔を覗き込まれて不思議に思ったのか貴俊が首を傾げた。

 首を傾げる動きに合わせて、額で今まで一度も染めたことのない黒髪が揺れた。

 前髪の毛先は瞳に掛かり、髪越しに涼しげな貴俊の瞳がこっちを見つめている。

「お前……髪、伸びた?」

「ん、そうだね。学校始まる前に行こうと思っているんだけど、なんか変?」

 前髪が長いのは髪が少し濡れているせいかと思ったが違ったらしい。

 よく見れば全体的に長く、そのわずかな違いが貴俊の雰囲気を変えているのだと気が付いた。

(か、髪が長いだけじゃねぇか)

 たったそれだけなのに、胸の鼓動は治まるどころか早くなるばかりだった。


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