『番外編』
2011☆SUMMER21

 レストランのある階から、二人が下りて来たのは、映画館があるフロアだった。

「映画なんて何年ぶりだろう」

 真子はさっき映画に誘われた時のことを思い出して頬を緩めた。

 デザートの杏仁豆腐を食べてながら、向かい側に座り窓から夜景を見下ろす雅樹に見惚れていた真子は、この日一番の胸のときめきを感じていた。

「映画でも見て帰るか?」

 それは不意打ちだった。

 今思いついたとばかりに、唐突に言い顔を戻した雅樹が笑っている。

 無表情がトレードマークの雅樹なのに、穏やかな大人の男性の笑みに、不覚にも真子は何度目かの恋に落とされた気分だった。

「ねぇ、雅樹は見たいものある? 私はね……あの……」

「これだろ。チケット買ってくるから待ってろ」

 雅樹が指差したポスターは、まさに言おうとしていた映画だった。

 言わなくても分かるのは、夫婦だからなのかと不思議に思う真子は、目の端に映った売店に気が付いた。

(あ、映画といえばポップコーンとコーラ!)

 家でDVDを見る時は、そんなこと思わないのに、どうして映画館へ来るとなぜか食べたくなってしまう。

 香ばしいポップコーンの匂いに釣られて、真子は列の最後尾に並んだ。

(どうせ、雅樹も食べるだろうし)

 迷わずポップコーンのLサイズと、炭酸ジュースが2本セットになったものを注文した。

 見ているだけで気分も盛り上がるような、大きなポップコーンとジュース2本を抱えて、さっきの場所へ戻ろうとすると、チケットを買い終えた雅樹がこっちに向かってくるのが見えた。

「雅樹ー」

 手を振ることは出来ず、声を出してここにいると示すと、すぐに気が付いた雅樹はあからさまに嫌そうな顔をした。

 あっという間に目の前に立った雅樹が、チケットを手に怖い顔で真子を見下ろす。

「これは何だ」

「何って、ポップコーンとジュース」

「見れば分かる。お前、さっき腹いっぱいだって言ってなかったか?」

「これは別腹なの!」

「入って行く場所は同じ胃袋だ」

 女の子の常套句、「デザートは別腹」を、分かりきった正論で訂正された。

(もう……っ!)

 呆れた視線を向けられれば、何だか反抗したくなってしまう。

 真子は雅樹の視線から逃げるため、ポップコーンをしっかり抱えて、背を向けて歩き出した。

「誰がそんなに食うんだ」

「私が食べるの!」

 後ろから掛けられた雅樹の声に、振り返らず答えた。

(雅樹が欲しいって言ってもあげないんだから)

 追いつかれないように、もっと早く歩こうとした真子だったが、それよりも早く雅樹の腕が伸ばされた。

「バカか、お前は。腹の子の分なんて言い訳はもう通用しないぞ」

 ブツブツ言いいながら、雅樹は真子の手からポップコーンとジュースを受け取り、代わりとばかりにチケットを渡す。

 こういう所があるから本気で怒れない、それでも簡単に引くわけにはいかず、真子は勢いに任せて口を開く。

「もう、うるさいなぁ。映画はポップコーンが定番なの!! 本当は高校生の時に、二人で食べたかったんです! 少しオジサンになっちゃったけど、その夢が今叶うんだからいいじゃない」

「俺がオジサンなら、真子もオバサンだけどな」

 あっさりと返り討ちに遭い、言い返すことの出来ない真子の横で、雅樹は手元のジュースを見ながら呟いた。

「ジンジャーエールが俺な」

 最初からそのつもりだった真子だけれど、聞こえないふりをして、チケット二枚で口元を隠して微笑んだ。

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