『番外編』
2011☆SUMMER20
男の人は自分勝手で、相手の都合なんてお構いなしだと思う。
世の中の男の人が全員そうではないかもしれないけれど、一番近くにいる人がそうなのだから仕方ない。
それでも憎めなかったり、許せてしまうのは、自分勝手な行動の理由がちゃんとあるからだった。
「お義母さん、大丈夫かな?」
エレベーターの階数表示を目で追いながら、真子はポツリと呟いた。
「大丈夫だろ。どうせあいつらはほとんど寝てるだけだし」
「もう! そういうんじゃないでしょ?」
これが父親の言葉かと、呆れてしまうけれど、こんな言葉とは裏腹に、現実はとてもいい父親になってくれている。
そして子供達にとっていい父親というだけでなく、夫としても心配りをしてくれていた。
真子の隣に立つ雅樹は、仕事帰りということもあって、ブルーグレーのスーツに身を包んでいる。
高校生の頃よりも、広くなった肩幅や厚くなった胸板は、スーツがとてもよく似合う体型を作り出していた。
「それにしても、美味しかったねぇ」
「そうだな」
「あんな立派なふかひれなんて初めてだったし! 北京ダックも美味しかったぁ」
「そりゃ、何よりだな」
素っ気無い返事はいつものこと、虫の居所が悪い時には、こういう態度は癪に障ってしまうものだけれど、今はまったく気にならないから不思議。
◆ ◆ ◆
今日の夕方、いつもなら午後9時過ぎにしか帰って来ないはずの雅樹が、何の連絡もなく帰宅した。
生まれて間もない子供達と、のんびり昼寝を楽しんでいた真子は、突然の家の主人の帰宅に文字通り飛び起きた。
「出掛けるぞ」
帰ってくるなり、昼寝をしていた真子を咎めるでもなく、そう言った雅樹の言葉を呑み込むには時間がかかった。
寡黙といえば聞こえはいいけれど、ただ単に言葉が足りないだけでは何も意味がない。
とにかく出掛ける仕度をしながら、急がせる雅樹に理由を説明するようにせっついた。
「たまには二人で飯を食うのもいいだろ。こいつらはおふくろと親父が見てくれる」
眠る二人を起こさずに、チャイルドシートに寝かせた手際の良さは、いつもながら何かコツがあるのか不思議で仕方ない。
真子が仕度を済ませ、車に乗り込む頃には、雅樹は涼しい顔をして、運転席の外でタバコを吸っていた。
「ご飯食べに行くなんて言ってたっけ?」
「いや」
「突然、思いついたの?」
「まあ、そんなとこだ」
納得の行かない説明ではあったけれど、これ以上問い質しても無駄なことを、誰よりも分かっている真子は、自分が無理矢理納得するという形で諦めることにした。
◆ ◆ ◆
「突然思いついたとか、言ってなかった?」
エレベーターが目的の階へ近付き、ゆっくりとスピードが落ち、身体がふわりと浮き上がる。
普段なら口にすることが出来ない高級店の中華料理は、空いているテーブルが一つもないのにも関わらず、入口で名前を告げただけで個室へと案内された。
「ねぇ。ほんとはもっと前に予約してたんでしょ」
思いついて予約が取れるような店ではないことくらい分かる。
「ねぇ、雅樹ってば」
「しつこい。美味いもん食ったんだ、それ以上に文句でもあるのか?」
それまで真っ直ぐ前を向いていた雅樹が、ようやく視線を真子へ下ろしたかと思うと、苛立ちの証のように眉間に皺を寄せていた。
「文句はないけど、前もって教えてくれたら、服とかもオシャレしたし、お化粧だってもっとちゃんと出来たのに……」
「フッ……何を今さら」
鼻で笑われ、真子が怒りに任せて右手を振り上げた途端、エレベーターの扉が開き、右手は行き場が無くなってしまった。
(何よ、もう……)
気持ちも右手も宙ぶらりんで、真子は不満そうな顔を見せる一方で、先を行く雅樹は口元を緩めていた。
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