『番外編』
2011☆SUMMER19
地下鉄で目的の駅で降りると、再び急げと急かされた。
足首まであるスカート丈のせいで、足捌きが悪い奈々は、行儀が悪いと想いつつ片手でスカートを少しだけたくし上げた。
(で、でも……追いつかないしっ)
どんなに頑張った所で、運動が得意とはいえない自分と、体育教師の直紀では圧倒的な差があった。
サンダルで危なっかしく走る奈々に、時折り足を緩めては振り返る直紀は、呆れ半分とう表情で笑っている。
「大学にも体育の授業が必要だな」
息を乱れさせない直紀に言われ、何か言い返したくても呼吸を整えるのが精一杯の奈々は、密かに体力づくりをしようと決めた。
「あと少しだぞ。頑張れ」
「は、は――」
「危ないっ」
足元ばかりを気にしていた奈々は、いきなり強く腕を掴まれた。
腕を掴んだ直紀にぶつかるように足を止めて振り返った奈々は、少し離れた場所で立ち止まっている、男子高校生らしき二人連れと視線が合った。
「大丈夫か?」
直紀に聞かれ、どこも何ともない奈々は黙って頷いた。
「すみませんでした」
二人連れの背の高い方の子が、深く頭を下げると、隣の子も倣うように、ペコリと頭を下げたかと思うと、よほど急いでいるのか、再び走って行ってしまった。
(はあ……っ、びっくりしたー)
今日は心臓が休みなしで、ドキドキという音が耳元でしているんじゃないかと思うほどうるさい。
「ほら、行くぞ」
あっという間に小さくなっていく二人の姿を目で追っていた奈々は、先を急いでいる直紀に腕を引っ張られて急かされた。
◆ ◆ ◆
遅い時間の上映にも関わらず、入口には人が溢れていた。
どこを見渡しても、男女二人連れということに、奈々は少しだけ気恥ずかしさを覚えた。
(私と直紀さんも、恋人……に見えてるよね)
一言で男女二人連れといっても、見れば親子のように年が離れている人達もいれば、ぴったりと寄り添い二人だけの世界にいる若い二人もいる。
「チケット買ってくるから、何が食べたいか決めておけよ」
直紀に売店を指差されて、奈々は頷いてからそちらへと足を向けた。
映画といえばポップコーン、いつも二人で見る時には欠かさないけれど、今日は夕飯をしっかり食べた後だけに悩む。
飲み物程度でいいかと思っていると、奈々の目の前を、大きなポップコーンの容器を抱えた二人連れが通った。
「誰がそんなに食うんだ」
「私が食べるの!」
「バカか、お前は。腹の子の分なんて言い訳はもう通用しないぞ」
「もう、うるさいなぁ。映画はポップコーンが定番なの!! 本当は高校生の時に、二人で食べたかったんです! 少しオジサンになっちゃったけど、その夢が今叶うんだからいいじゃない」
「俺がオジサンなら、真子もオバサンだけどな」
ケンカをしているように見えるのに、なぜか微笑ましいと感じた。
文句を言いながらも、女性の手からポップコーンやジュースを受け取った、男性の表情がとても優しかったからかもしれない。
(いいな。いつか……私達もあんな風に何でも言い合えるようになるかな)
付き合い始めて増え始めた、少し欲張りかなと思う夢が、また一つ奈々の心に芽生える。
「ポップコーンでいいよな」
いつの間にかチケットを買って戻って来た直紀が隣に並んでいた。
「ご飯食べたばかりだけど、大丈夫ですか?」
「何言ってんだ。映画でポップコーンは定番だろ」
当然とばかりに胸を張って、直紀はレジの列に並びにいく。
(少しだけ……勇気を出してみようかな)
直紀の横に並んで、奈々は思い切って言ってみた。
「キャラメル味がいいです」
「ハア!? キャラメル?? いや、まあ……奈々が食べたいって言うなら仕方ないが、でも……なんだ、その……シンプルな塩味の方が、厭きないと思うぞ?」
順番が来るまで真剣に悩み、塩味にしようと説得する直紀の姿に、奈々は何だか距離が縮まったように感じた。
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