『番外編』
2011☆SUMMER18

 自分のせいで直紀が罰を受けることになってしまうかもしれない。

 奈々は身体を小さくさせた。

「ジロジロ見るな。怯えてるだろうが」

 後ろに隠れた奈々を庇うように、直紀も奈々を隠すような仕草を見せる。

(やっぱり……困ってる)

 直紀の仕草に奈々はさらに不安を募らせた。

 走ってこの場を去るべきか、それとも補導された生徒のフリをしてみようか、焦る頭で色々考えてみても、何をしても手遅れでしかない。

「怯えるって……ひどいじゃん! 俺達がどれだけ新任の北倉をサポートしてきたか。優しい生徒だって、彼女に言ってよ!」

「誰が優しい生徒だ! 俺の記憶にある白石は、いつも2時限目で早弁してる姿だけだ」

「うわっ……何、それ!」

「リョウ、事実でしょ。諦めろ。つーかさ、センセー……デートって否定しないけど、マジでその子……彼女?」

 隠れている奈々の顔を見ようとしているのか、直紀の後ろを覗き込もうとする尋の顔に、奈々はさらに身体を小さくさせた。

(迷惑かけたくないのに……)

 奈々は目をギュッと瞑って、今までの幸せな時間のことも全部頭から押し出して、こんな場所へ誘った自分を呪った。

「待て待て、尋。これはデートという名の、援こ……ぐふっ! いてぇよ、北倉!!」

「安心しろ。もう体罰だなんだと言われる心配はない」

 直紀の拳を脳天に受けて、頭を押さえて悶える亮太郎を、尋は声を上げて笑った。

「マジで彼女? 何これ、奇跡なわけ?」

「どーいう意味だ」

「他意はなくて、言葉の通りだけど?」

 何食わぬ顔で言う尋に、直紀は目の前で拳を握って見せると、尋はわざとらしく視線を逸らした。

「ったく……お前らは変わらないな」

 呆れたようにため息を吐きつつも、笑い交じりの直紀が聞こえ、奈々は俯かせていた顔を少しだけ持ち上げた。

 和やかな雰囲気に釣られた奈々を待っていたのは、直紀の大きな手だった。

 首の後ろに触れた手は、迷うことなく奈々の身体を前に押し出した。

「え……きゃっ」

 倒れそうになった奈々が、慌てて一歩踏み出すと、自然と直紀の前に立つ形になり、一斉に注目を浴びた。

(嘘、なんで……)

「お前もコソコソ隠れてるんじゃない。おかげで俺が犯罪者扱いだろうが」

 後ろからコツンと軽く頭を小突かれて、振り返った奈々は、照れくさそうな直紀と目が合った。

「俺が初めて担任持った時の生徒」

 指を差された二人は、ニカッと奈々へ笑顔を見せた。

「顔覚えておけよ。見かけたら逃げろ」

「え……あの……っ」

 和やかな雰囲気の輪の中心に立たされて、迷惑だと思ったのは私の勘違いだと気が付いた。

「ハァ!? ひでぇ!!」

「じゃあな。飲むのもいいが、ほどほどにしておけよ」

「ちょっとちょっと!! その可愛い子を俺達に紹介してくれないんですかー?」

 奈々を連れて歩き出した直紀は、後ろから呼び止められると足を止めた。

 顔を上げた奈々の顔を、一瞬だけ掠めるように見てから、直紀はよく通る声で答えた。

「彼女」

「いや、見たら分かるし!! って、無視かよー!!」

 ハッキリとした声、簡潔すぎる答え、たったそれだけで胸の辺りにいつものドキドキが戻って来る。

(彼女、って言ってくれた)

 喜びを噛み締めながら、後ろから届く声に、奈々は遠慮がちに直紀に聞いた。

「いいんですか? 久しぶりに会った生徒さんですよね?」

「ああ。別に構わん。どうせ俺のことをからかいたいだけだからな。それよりも、あいつらのせいで余計な時間食ったな」

 時計を見た直紀がチッと舌打ちする。

「あ、あの……時間なら、今日は遅くなるって家には連絡を……」

「あ? ああ、分かってる。お前が酒でも飲めれば、他に連れて行く所もあるだろうが、たまには違う場所で映画見るのもいいだろ。って……映画は嫌だったか?」

「嫌じゃないです!!」

「よし、じゃあ少し急ぐぞ」

 早足で歩く直紀を追い掛けて、奈々の長いスカートがふわりと揺れた。


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