『番外編』
2011☆SUMMER17

 聞き逃してしまって、慌てて聞き返した奈々は、直紀にジロリと恨めしい視線を送られた。

「あの?」

(だって、今のは……)

 タイミングが悪くて、不可抗力だから仕方ないと分かって欲しい。

「服」

「服?」

「…………似合ってる」

「あ……」

 呟くようにボソリとした声、今度は邪魔する音も何もなく、ちゃんと耳に届いてくれた。

(服……気が付いてくれたんだ)

「あ……りがとうございます」

 気付いて欲しいとは思ったけれど、実際に言われるとすごく恥ずかしくて、何か違う話題を探そうとした。

(あ……そっか。直紀さんも……同じ、だったんだ)

 言うと顔ごと視線を逸らしてしまった直紀は、ハッキリ分かるほど耳が赤くなっている。

 同じだと思うと嬉しくて、隠そうと思っても自然と口が緩んでしまう。

「でも、それは胸元が開きすぎだ」

「あ……はい」

 生徒に指導する時のような、懐かしい口調で言われたせいか、素直に言葉を受け取れる。

「お……男はそういうのを見てるからな。お前にその気がなくても、男が勘違いする」

「はい」

 せっかく買ったばかりだけれど、もうこのワンピースは片付けてしまおう。

 色違いを買った亜季にあげるのもいいかもしれない、少しだけ名残惜しいけれど、似合っているという言葉を聞けただけで十分。

「だから……俺以外の前では着るな」

 照れくさそうな直紀の顔に、考えていたことは全部吹き飛んだ。

(片付けるのも、あげちゃうのも、無し!)

「あ、あの……直紀さ……」

「あーもう、何も言うな! ほら、行くぞ」

 自分も何か返そうと口を開いたら、ぶっきらぼうな早口で、直紀は先に歩き出してしまう。

 慌てて後ろ姿を追いかけた奈々は、ハッキリと分かるほど赤くなった直紀の両耳に、視線が釘付けになった。

(なんか……、かわいい)

 口にしてしまったら、今度は何を言われるか分からない、自分の胸の中にだけ留めて、早足の直紀の横に並んだ。

「ニヤニヤすんな」

「し、してませんっ」

 首を横に振って否定したけれど、本当は堪えようと思っても口元が勝手に緩んでしまう。

 意識して頬が緩まないようにすれば、余計に変な顔になっているのか、斜め上の顔をチラリと窺い見ると、物言いたそうな視線と目が合った。

 直紀を視線だけで追い掛けていた頃、生徒と一緒に遊ぶ顔が好きだったり、真剣な眼差しで指導する横顔に見惚れたり、物憂げな顔でタバコを吸っている姿にときめいていた。

 あれからたくさんの表情を見るようになったけれど、あの頃と変わらないのは、鼓動が早くなるということ。

(好き、好き……好き)

 隣に並んで、叶うことのなかった距離で顔を見るたびに、気持ちが溢れ出してしまう。

「直紀さん……あの……」

 しつこいとは分かっていても、どうしてもこの気持ちを伝えたい。

 奈々はほんの少しだけ直紀に近付き、胸のうちで溢れる気持ちを声に乗せるため口を開いた。

 真剣な眼差しに見上げられ、戸惑いながらも真っ直ぐ見つめる直紀、二人が甘い空気を作ったその時だった。

「……センセー! 久しぶりじゃん!」

 夏の夜の街には、不自然な大きな声が響いた。

 誰かを想って速くなる胸の鼓動、それとは違うザワザワとした胸の鼓動に、奈々は身体を強張らせた。

(今、センセーって聞こえた)

 聞き間違いかもしれない、そう思ったのは一瞬で、目の前の直紀の顔を見れば、すぐに現実の声だと分かった。

「……なっ」

 声のする方へ、ゆっくりと視線を向けた直紀は、視線を一ヶ所で止めると目を見開いて、みるみるうちに驚愕の表情へと変わった。

「ヨッ! 久しぶり!!」

 大学生らしき男性に続いて、酔っているのかグッタリとした男性を両脇で抱えた二人の男性が近付いてくる。

「佐々木! 白石! 何やってんだ、こんな所で!!」

「何って……俺達は大学の先輩と飲んだ帰り」

 先輩というのは、どうやら抱えられている人らしく、苦笑いしながら視線を向けている。

「それよりも、すげー意外な所で会うじゃん? っていうか……デート、だよね?」

 最初に直紀に声を掛けた男性に、チラリと視線を向けられて、奈々は後ろ足で直紀の身体の陰に隠れようとした。

(先生って呼んだってことは……私と一緒にいたら大変なことに)

 自分より年上に見えても、それは安心材料にはならなかった。

 卒業はしているものの、生徒とそういう関係になってしまったことは事実で、それが直紀の将来にどんな影響を与えるか分からない。


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