『番外編』
2011☆SUMMER6
夏目が笑った理由は一目瞭然だった。
さっきまでミーティングルームで一緒だった三人が、まるで学生のようにじゃれながら歩いているように見える。
「お酒はまた今度にして、ご飯食べに行くだけにしましょうよぉ」
「何、言ってるの? お酒飲まないと楽しくないでしょー?」
「じゃあ、ご飯食べながら食べましょう。2軒も行くほど余裕ありません」
近付くにつれ三人の会話が耳に入ってくる。
年は離れているのに割りと仲の良い三人は、どうやら今夜の相談でもしているようだった。
「木下女史の酒は、男でも付いていくのがやっとだからなー。京ちゃんと菊ちゃんじゃ面倒見切れないだろうなぁ」
同じようなことを考えていた和真は、夏目の楽しそうな声に思わず唇の端を上げた。
木下の右側で引き摺られるように歩き、何とかして酒を諦めさせようとしている後ろ姿に、視線は自然と惹きつけられて動かなくなる。
恋人であるかのこは自分にとって不思議な存在で、今まで誰にも許したことのない場所まで招き入れている。
過去の自分を知っている多岐川にそんな話をすれば、これは天変地異の前触れだと言って驚き、そして嬉しそうに笑っていた。
立場上、仕方なく会社では上司と部下という顔で接しているが、数時間前にはあどけない寝顔のかのこを腕に抱いていた。
異性を性の対象としてだけではなく、手放したくないとか、他の男に触れさせたくないとか、面倒な感情を芽生えさせた唯一の相手。
視線の先で困った顔をするかのこを見て、週末には何度同じような顔をさせたかと思い出すと、自然と心の奥が浮き立つのを感じた。
「女の子達に便乗して、というわけじゃないですけど、今夜どうですか? 酒の美味い寿司屋があるんですよ」
横に並ぶ夏目にこそりと誘われた。
賑やかしい夏目は、根っからの体育会系のノリで、飲み会でも場の中心にいることが多かったが、実は静かにグラスを傾け酒の味を愉しむことも好きらしい。
些細なきっかけから二人で飲みに行くようになったが、職場の飲み会とは違う店の選び方や酒の飲み方が、意外なほど自分とぴたりと合った。
こんな風に自分だけを誘うのは、たまには静かに飲みたい時というサインだった。
和真はかのこから視線を外し、同意の視線を夏目に向けると、夏目はさっきよりも声を潜めて言った。
「実は寿司が食べたいんですけどうちのは生魚が苦手で、それと……今夜は夕飯を叔父と食べるらしくて」
寂しいけど寿司は一緒に食べれないんで、と夏目は笑った。どうやら誘った理由は一つだけじゃなかったらしい。
二人で飲みに行くようになったきっかけで、夏目の恋人の存在を知ることになったが、自分と同様に安易に関係を明らかに出来ない相手で、短い期間で親しくなった理由は、互いの秘密を共有したということもあった。
「分かった。7時頃には終わらせるか」
頭の中で弾き出した時間は、今日の仕事具合と食事を終えて夏目が恋人を迎えに行く時間を考慮した結果だった。
「ラジャ」
夏目は短く返事をすると、和真より先に足を一歩踏み出して、女子社員に声を掛けながらいち早く仕事へ戻った。
(そうとなれば、俺も今日は早く……)
頭の中を仕事モードに切り替える寸前、振り返ったかのこと目が合った。
上司と部下という関係を装わなければいけないのに、かのこが自分を見る視線はいつだって恋人を見るものになる。
本人が上手く装うことが出来ていると思っているだけに、視線を向けられるたびにからかってやりたくなる。
今は人目が多すぎて出来ないが、今夜は帰りにかのこの部屋に寄るという予定を、スケジュールの最後に入れることで満足させることにした。
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