『番外編』
2011☆SUMMER2
唸りながら首を捻る陸は、自分を見下ろしている響に盛大に溜め息を吐かれた。
「どういう経緯だったかまでは俺も覚えてませんが、陸さんは夏になると女性のキャミソール姿が好きだと言ったんです」
「そうなのか。俺、別に好きじゃないけど」
「知りませんよ。でも、間違いなくそう言いましたよ」
響に言われてもまだ信じ難く、眉を寄せているとダメ押しとばかりに覚えていた理由まで口にした。
「脇のぷにっとしたところが良いそうです」
真顔の響の表情と可愛らしい音の響きが、あまりにミスマッチで陸は思わず顔を引き攣らせた。
「マニアックすぎるだろ!」
「ええ、その時も周りから同じように突っ込まれてましたよ。ちなみにタンクトップでもオッケーで、ぷにっとした部分がチラチラ見えるのがいい……」
「もう、分かった」
それ以上は聞きたくないと、陸は顔の前に手を上げて響を黙らせた。
本当に自分が言ったのかと信じられないが、響の記憶力は店の中でも群を抜いてダントツで、それは誠も頼りにするほどだし、わざわざ嘘を吐いているとも思えなかった。
その時の会話が客達に知れ渡った結果が、今日のアレだったかと思うと、自分が招いたことだけにうな垂れるしかなかった。
髪をアップにしていたのも、同じような理由からだろうと想像できた。
「ナンバーワンの発言の影響力は大きいんです。自覚してくださいね」
そんな説教めいた言葉を残すと、響は礼儀正しく頭を下げて帰っていく。
ちょうどキッチンから出て来たスラリとした後ろ姿と響が、二人並んで出て行くのを見送っていると、それまで黙っていた彰光が立ち上がった。
「言われちゃったなー陸。でもまぁ、響の言うことは正しいからな。お前の一言で女の子達は一喜一憂するってことだ。それと……お前のそのマニアックな好みな、俺が推測するにきっと特定の人物だけに当てはまるんじゃないか?」
子供のように頭をポンポンと叩かれながら、彰光の物言いたげな笑顔を見上げてハッとした。
自分が言ったことをぼんやり思い出し始めていた陸は、慌てて立ち上がると、フロントで誠と話をしていたスタッフに、急いでタクシーを呼ぶように言った。
「やっと思い出したみたいだな」
「ははは……」
彰光に意地悪く言われ頭を掻いた陸は、店の外でタクシーを待とうと足を踏み出すと、彰光に呼び止められた。
「明日、サボんなよー」
「ハハハ!」
今度は軽く笑い飛ばした。
マンションの部屋はいつものように静かで、開け放たれたリビングの窓辺ではカーテンが揺れている。
簡単にシャワーを浴びた陸は、昼間の暑さが嘘のようだと思いながら、足音を立てないように寝室へ向かった。
寝室も同じように窓が開け放たれ、カーテンが揺れているが、扇風機も大きく首を振りながらベッドに風を送っている。
「エアコン付ければいいのに」
ベッドの右半分で眠っている麻衣の姿を見て思わず目を細める。
店ではトップシークレットだが、ナンバーワンホスト陸には誰よりも大切に想う八歳年上の恋人・麻衣がいる。
眩しいほど真っ直ぐにその想いをぶつけて、ようやく結ばれた後も紆余曲折あったが、今は恋人から少し前進して、婚約者として寝起きを共にしていた。
身体の横で丸まっているだけのタオルケット、起こさないように額に触れてみれば、じんわりと汗をかいていて、陸はエアコンのリモコンに手を伸ばした。
扇風機はそのままで、窓を閉めて再びベッドに戻って来た陸は、髪を拭いたタオルを脇に置き、麻衣の横に寄りそうに寝転がった。
麻衣のパジャマは夏らしく、キャミソールにショートパンツだった。
エアコンで身体を冷やしてはいけないと、丸まったタオルケットを広げ、足元から静かに掛けていた陸は、麻衣の胸元で手を止める。
「脇のぷに……ね」
彰光の言う通り、マニアックな好みが当てはまるのは麻衣のことだ。
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