『番外編』
Another one59

 テレビの電源が切れた部屋は、息をすることすらもはばかられるような気がするほど、静まり返ってしまった。

 身体を動かしてしまうと、服が擦れ合う音さえも大きく聞こえる。

 もしかしたら自分の胸の音も、陸に聞こえてしまっているかもしれない。

「麻衣はどこに行きたい?」

「わ、私は……どこでも、いい……です」

 すぐそばから囁かれるような声は、鼓膜を通って体の奥に響く。

 緊張のせいかカラカラになった喉のせいで声が掠れた。

「顔、上げて? せっかく二人でいるんだから麻衣の顔見せて」

 こんな甘い声で囁くのは反則だ。

 どんなに頑張ってみても抗えるわけがなく、諦めて顔を上げると、目が合うより早く唇を攫われた。

 熱い唇が重なった後、優しく抱きしめられて陸の指が髪を掬う。

 強くなったシャンプーの香りに気を取られていると、唇を割ってさらに熱い舌が入ってきた。

 初めはぎこちなく絡めていた舌も、あまり時間も掛からずに大胆になった。

(まだ、覚えてる)

 キスをする時の陸の舌の動き、キスをしながら髪の中に手を入れて掻き回す癖も、頭が思い出すより早く体が思い出した。

 いつもしていたように陸の首に手を回して抱き着くと、ソファに押し付けられるようにして、キスはもっと深く激しさを増した。

 長いキスで酸欠になりそうに頭がボーッとし始めた頃、ようやく陸が唇を離してくれて麻衣は深く息を吸い込んだ。

「ごめん。ちょっと……余裕ない」

 息を乱した陸の熱い息が頬や耳に掛かるだけで、背筋がゾクゾクするような快感に体が震えた。

 愛おしそうに頬を撫でる陸の手に、自分の手を重ねて目を閉じた。

 久しぶりに抱きあうからなのか、もっと触れて欲しくてたまらない。

 余裕がないと言った陸の言葉に、これほどドキドキしたことはない。

「……陸」

 手を重ねたままの陸の手の平にキスをした。

 滑らかだった手は、少しガサガサして細かい傷が目立つ、頑張っている結果だと思うと、愛しくなって硬くなった手の平のマメに唇で触れた。

「麻衣、来て」

 ロマンチックな雰囲気からはほど遠い、切羽詰まった様子の陸はソファに上がると、ジャージの上着を脱ぎ捨てた。

 フラットのソファに上がると、一年前よりも逞しくなった上半身を晒した陸に押し倒された。

 硬いソファの上には掛け布団と毛布、それらを乱暴に捲くった陸に、強引に引き込まれると、ソファベッドの狭さも気にならなくなった。

 身体をぴったりと重ねた陸は、もぞもぞさせていた手を止めたかと思うと口を尖らせた。

「陸?」

 こんな時に一体何を不機嫌になったのかと首を傾げてしまう。

「着過ぎだよ」

「え?」

「服! どんだけ着てるの? 脱がすの大変じゃんか、早くエッチしたいのに」

 まさかそんなことで、と思った麻衣は思わず吹き出した。

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