『番外編』
Another one58
陸の部屋は本人が言うほど狭くもなく、少しばかり散らかってはいたけれど、物が少ないおかげで歩く場所も座る場所も十分ある。
夕飯はまだだろうと、家で準備してきたおにぎりとおかずを食べた陸は、シャワーを浴びに行ってしまった。
余計なお世話かなと思ったけれど、陸が出てくるのをジッと待っていることは出来ず、溜まっていた洗い物を片付け、散らばっていた雑誌類を積み重ねた。
何もすることがなくなった麻衣は部屋をぐるりと見渡して、ベッドの形をしたソファに座るか迷った末、床に腰を下ろして小さく息を吐いた。
(少し、緊張する)
テレビは点いているけれど、陸がシャワーを浴びている音が聞こえてくる。
陸にシャワーを勧められたけれど、家を出る前にお風呂は済ませてきた。
初めてじゃないのに、初めての時みたいにドキドキしてしまう。
気持ちを落ち着かせるために深呼吸をすると、シャワーの音が消えて少しするとジャージ姿の陸が、タオルで髪を拭きながら戻って来た。
「あ、もしかして片付けてくれた?」
「うん、勝手に触っちゃって、ごめんね」
「ううん。嬉しい」
隣に腰を下ろした陸からシャンプーの香りがして、空気を通して温かさが伝わってくる。
点いているだけのテレビ番組に、視線だけは向けているけれど、意識は陸にしか向かっていない。
再会したあの日から顔を会わせるのは初めて、電話もメールもしてあの頃に戻ったような気がしていたけれど、実際に会うとぎこちなさを隠すことは出来なかった。
(何か喋らないと……)
テレビの音ばかりが大きく聞こえて、気持ちが焦ってしまう。
「麻衣……」
「は、はいっ!」
不意に話しかけられたなんて、言い訳にもならないほど裏返ってしまった声に、陸に押し殺したように笑われてしまった。
恥ずかしさのあまり立てた膝に顔を埋めたけれど、顔全体の熱さに耳まで真っ赤になった自分の顔を想像した。
「緊張、してる?」
「……してる」
消え入りそうなほど小さな声だったけれど陸の耳には届いたらしい。
少し間があってから陸も小さな声で返してきた。
「うん、俺も」
そろりと顔を上げると、タオルを頭の上にだらりと掛けた陸が、シャワーのせいだけで上気したわけじゃない顔を見せた。
目が合っただけなのにドキッとして、胸の奥がキュッと痛くなる。
「陸、あの……、えっと……明日、どこか出掛ける?」
わざとらしいほどぎこちなく視線を逸らし、見たこともないバラエティ番組に逃げてしまった。
(久しぶりに見ると、やっぱりすごい)
陸の瞳は危険、ずっと年下なのに、男の人なのに、色気のある瞳を初めて見せられたのは、二人が出会ったその日。
今の陸の瞳は色っぽいけれど、熱がある時みたいに潤んでいるように見える。
こういう表情を見せるのはどんな時かなんて自分が一番知っている、覚悟のようなものを決めるより早く、陸の指がテレビのリモコンに伸びた。
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