『番外編』
Another one57
店を閉めて車の前まで行くと、振り返った陸はすまなそうな顔をした。
「どうしたの?」
「ごめん。車、これしかないんだ。前の車は処分しちゃって」
配達用に使っているバンを前に、しょぼくれてしまった陸だけれど、正直なところピカピカの高級外車が出てくるより、こっちの方が親しみが持てる。
「それに俺の部屋、本当に狭いから、やっぱり今からでもホテルのスイート取るよ」
このセリフはもう連日聞かされているけれど、同じように連日のように口にしてきたセリフを返す。
「私は陸の部屋に行きたいの。……それとも連れて行けない理由がある、とか?」
「まさか! 俺だって、麻衣に来て欲しいと思うよ。でも、前の部屋に比べると本当に狭いんだよ。ワンルームだからグチャグチャしてるし、それに……明日は麻衣の誕生日なんだから、そんな日くらい……」
「りーく!」
いつまでも続きそうな陸の言い訳を遮ると、麻衣は陸の身体を押し退けるようにして助手席に乗り込んだ。
ドアを閉める前に車の中から顔を出しても、まだ複雑な顔をしている陸を急かせた。
「はーやくっ!」
ようやく諦めたのか渋々と運転席に陸が乗り込み、エンジンを掛けるともう一度だけ何か言いたそうな顔でこっちを見た。
陸の言いたいことは分かる。
今までとは違う生活環境、そのことを恥じているわけじゃないにしろ、男として少し複雑なのだと思う。
「麻衣、聞いて」
「なあに?」
「早く一緒に暮らせるように頑張るけど、部屋が狭くても、また泊まりに来てくれるって約束して?」
真剣な顔をされてしまうと、茶化すことは出来なくて陸の方に身体を向けた。
「もちろんだよ。陸が連れて行ってくれるならだけどね? それよりも私が心配しているのは、陸が頑張りすぎていることだよ」
仕事が終わってから週に三回だけ、陸は再びホストの仕事をするようになった。
陸は自分の意思だというけれど、きっかけは間違いなく父・竜之介の強引な勧誘によるもの。
早く一緒に住む部屋を借りたいからと、頑張ってくれる気持ちは分かる、一緒に暮らす部屋だから自分も同じように出すといっても、それだけは首を縦に振ってくれなかった。
「楽しいんだ、あの店。まるでONEに戻ったみたいでさ」
その言葉は嘘には聞こえず、複雑だけれど嬉しくなった。
「麻衣は、本当は嫌だった? 俺がまたホストに戻ったりしたから」
嫌ではないけれど不安が少しだけ、でもあんな風に押しつぶされそうな不安は感じないと思う。
「嫌じゃないけど少し心配。陸がまた女の子にモテてモテて、女の子からの電話がひっきりなしに掛かってくるんじゃないかと思って」
「うーん、それは大丈夫、だと思う」
「どうして?」
「竜さんね、俺のことなんて紹介してるか知ってる?」
「分かんない、お父ちゃんは仕事の話は家でしないから」
「娘の婿、だって」
(お父ちゃん、まだ結婚してないのに……)
少し気が早い単語のような気はするけれど、反対されるよりはずっといいし、以前のように二人の関係を隠す必要がないことに嬉しくなった。
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