『番外編』
Another one56

 冬の冷え込みがいっそう厳しくなったある日、陸は閉店時間の近付いた店内でそわそわしていた。

 店内の時計は壊れているんじゃないかと思いたくなるほど、長針の進みが遅いように感じる。

 いっそのこと時間より早く閉めてしまおうかと思っていると、入り口が開くと同時に凍りそうなほど冷たい外気と一緒に、スーツ姿のサラリーマンが飛び込んできた。

 慌てた様子で店内をぐるりと見渡した後、ガラスケース内のアレンジメントを指差した。

(結婚記念日か奥さんの誕生日を忘れれた、ってとこかな)

 取り出してプレゼント用にラッピングしている横で、男性はホッと溜息をつきながら財布を取り出した。

「子供の誕生日は覚えているのに、どうも結婚記念日だけは忘れてしまいがちで、手ぶらで帰ったら何て言われたか。遅くまでやってる店なんてないし、本当に助かったよ」

 閉店間際になると同じようなことをよく聞く、仕方なくと口にしながらも家族のことを思い、花を選ぶことはとても幸せだと思う。

 ほんの少しでもその幸せの手助けをすること出来ることが嬉しい、特に今は渡す人にも受け取る人にも、心から幸せになって欲しいと思っている。

「きっと喜ばれますよ」

「ありがとう」

 少しだけ照れくさそうに笑って、花を受け取った男性の後ろ姿を見送ると、いよいよ閉店時間まであとわずかになった。

 気もそぞろだったが、閉店前の清掃もレジのチェックも既に終わらせてしまっている。

(今日だけは特別だから)

 いけないと思いつつも、自分に言い訳して店を閉める決意をした陸は、店の前に並べた商品をしまうために外へ出ると、店内からは見えない場所に麻衣が立っていた。

「麻衣!? こんなところで何やってるの! 早く入って!」

「大丈夫だよ。もうすぐ閉店でしょ? ここで待ってるから」

 やけに白い顔が気に鳴って頬に手を伸ばして触れてみると、いつから立っていたのかまるで氷のように冷たい。

「ダメ!」

 強引に手を引いて店内に引っ張って、奥の事務所まで連れて行くと、引き出しからカイロを取り出して麻衣に握らせた。

「いつからいたの?」

 麻衣の前に膝をつき、カイロを握る麻衣の手をさすった。

「少し前だよ?」

「嘘だ。こんなに冷たいじゃん。仕事終わったら迎えに行くって言ったのに」

「だって……早く会いたかったから」

 再会したあの日から数日が経った。

 一週間前なら考えられなかった光景、自分の店の中に麻衣がいて、恥ずかしそうな顔をして素直な気持ちを告げてくれる。

 愛しいという気持ちばかりが込み上がり、堪えることが出来ず背を伸ばしてキスをした。

 少しだけ大人になった自分が理性を働かせてくれたおかげで、少し長めの触れるだけのキスだけをして離れると、麻衣の頬にほんのりと赤みが戻ってきた。

「俺も、早く会いたかった」

 再会してから毎日のように電話やメールはしていた、それだけで我慢出来たのには理由があった。

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