『番外編』
Another one54

 麻衣は自分の家でこれほど居心地の悪さを感じたことはなかった。

 リビングのソファには父・竜之介と、向かい合うように緊張して微動だにしない陸、台所でお茶の用意をしている母・美紀がいる。

 考えてみれば特別な相手を自分の家に招いたことはこれが初めてだった。

 いつか自分にもそういう時が来ることは、漠然としたイメージしかなかった。

 現実のものになって初めて体験する緊張感。

 台所で美紀の手伝いをしていた麻衣は、強張った顔をする陸の横顔を、申し訳ない気持ちで見守った。

 恋人より先のステップへと進むためには、通らなくてはいけない試練だとしても、こんな風に突然ではきっと心の準備だって出来てないはず。

(誤魔化して帰ってもらえば良かったかな)

 今回のことを仕組んだ張本人の竜之介は、間違いなく二人とも家にいることを知っていて、予定より早く帰宅したに違いない。

「麻衣、ここはいいから」

 陸の様子ばかりが気になって、手の動かない麻衣は美紀に声を掛けられると困った笑みを浮かべた。

 会話もせず向き合った二人に割り込むことは相当の勇気がいる。

 出来ることなら美紀と同じタイミングで席に着きたい、そう思っていたけれど見越していた美紀が先手を打った。

「一人じゃかわいそうよ。行ってあげなさい」

 陸がこの場で一番大変な思いをしているし、竜之介は間違いなくこの場を一番楽しんでいる。

(確かに、行ってあげないとかわいそう)

 覚悟を決めると麻衣はリビングへ向かい、どこに座ろうか迷った結果、適度に距離を空けて陸の横に腰を下ろした。

(き、気まずい……)

 見ているよりもずっと二人の空気は重い、二人というより陸の緊張がビリビリと伝わってくる。

 ここで突破口になれるのは自分しかいないけれど、一言目のきっかけを掴むことが出来ない。

 いきなり陸を紹介するべきか、それとも当たり障りの無い会話をするべきか、悩んでいる麻衣は隣の陸が居住まいを正したのが分かった。

「あ、あの……」

 膝の上に乗せていた手を握りしめ、口を開いた陸の声は、想像していたよりも硬い。

 迷いながら口を開いたのか、言葉を続けられない陸を見た。

 懸命に口を動かそうとしていると陸に、自分も何かしなければという衝動にかられ、口を開こうと思ったけれど、陸の横顔は助けを必要としてないように見えた。

 心が読めるわけではないけれど、陸は自分でこの場を切り抜けようとしているような気がする。

 それでも自分も何か力になりたいと思った麻衣は、迷ったあげく麻衣は手を伸ばして陸の手に重ねた。

(私もここにいるから)

 一人じゃないよ、と伝えたくてきつく握ったままの陸の拳を包み込んだ。

 どうか気持ちが伝わりますようにと祈っている麻衣の横で、陸が小さく息を吐き体から余分な力を抜いたのが分かった。

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