『番外編』
Another one51

 自分の部屋に陸がいるという光景はまるで夢の中の出来事に思えた。

「ここが麻衣の部屋かぁ」

 部屋に一歩入った陸は立ち止まりぐるりと見渡してから入り口に立つ麻衣を振り返った。

「麻衣の匂いがする」

「く……臭い?」

「世界中の人が臭いって思ってくれたら、俺だけが麻衣の傍にいられるんだけどなぁ」

 匂いがすると言われて慌てる麻衣に陸は笑うと、いつまでも入り口に立ったまま動かない麻衣の手を引いた。

 部屋のドアを閉めて小さな部屋の中央に立った陸は麻衣を抱きしめた。

「甘い匂い。香水なんかとは違う、世界に一つしかない、俺を狂わせる媚薬」

「り……くっ」

「こうするともっと濃くなるんだよ」

 そう言って陸は首筋にキスをして軽く吸い上げると、抱きしめたままゆっくりと前進した。

 摺り足で後退する麻衣は足がぶつかり、広いわけでもない自室なだけにその先に何があるのかすぐに分かった。

「とーちゃくぅ」

 冗談めかして言う陸はそのまま麻衣の身体をベッドに押し倒した。

 二人分の体重を受け止めたベッドが軋む音が静かな部屋にやけに大きく響いた。

 身体を重ねるようにベッドに上がった陸はベッドに広がる麻衣の髪を梳くように撫でる。

「短い髪も似合うね」

 一緒にいた頃よりも短くなった髪を愛おしそうに撫でる陸に麻衣は胸が痛むのを感じた。

「髪、切ったら何か変わるかなって思って……」

「失恋したら髪切る、みたいな感じで?」

「……うん」

「何も変わらなかったでしょ」

 まるで見ていたみたいな陸の言葉に麻衣は驚いて目を瞬かせる。

 短くなっても変わらない手触りの髪を撫でながら陸は笑う。

「だって失恋したのは俺だもん」

「な……っ」

「大好きで大好きで傍にいないと死んじゃうくらい好きな彼女に振られたのは俺。本当なら俺が坊主にしたいくらいなの」

 これみよがしな大仰なため息。

 一年前の苦しい思い出の別れ話もよりが戻ってしまえば笑い話とばかりに、さっそくネタにして苛めようとする魂胆がみえみえの陸に麻衣は唇を尖らした。

「坊主にすれば良かったのに…………」

 拗ねた独り言は当然陸の耳にも届き、陸は楽しげに笑いながら麻衣の顔を覗き込んだ。

「可愛くないことを言う口はこれか」

 陸はがぶっと麻衣の唇に噛み付いた。

 歯を立てて甘噛みする陸はまるで甘えているようにも見える。

 優しく歯を立てられて最初はくすぐったそうに身体を捩っていた麻衣は、開いた唇から熱い舌が入り込んで来ると大人しくなって吐息を零した。

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