『番外編』
Another one49

 動揺を見せる陸は頭を抱え口の中で何かブツブツと呟いている。

 一体どういうことなのか心配で声を掛けようとするとタイミング悪く家の電話が鳴った。

(もう……こんな時に)

 しばらくすれば留守番電話に切り替わるけれど、鳴り続けている音が耳障りで仕方なく側にあった子機に手を伸ばした。

「もしもし」

『プレゼントは届いたか?』

 電話の相手はこんな状況にさせた張本人からで、受話器を握る麻衣の手は不自然に力がこもる。

「お父ちゃん!」

 呼ぶ声に反応をした陸が慌てて側に寄って来て視線で何か訴えかけた。

『届かなかったか?』

 電話の向こうの竜之介だけが一人冷静で静かな声で話しかけてきた。

「と、届いたよ……お、お花? そんなことより……」

『ん? その割にはあまり嬉しそうじゃねぇなぁ。あのバカ失敗しやがったのか……チッ』

「お、お父ちゃん? あの、えっと……」

 小さな舌打ちの意味はよく分からず、それよりこっちには聞きたい事がたくさんありすぎて何から話していいのか分からない。

 一体何から聞こうかと混乱する脳内を必死に動かす傍らでは、陸が受話器に耳を付ける勢いで会話を聞き取ろうとしている。

「プレゼント……花が届いたんだけど、その……えっと……」

『麻衣、言っただろう。俺と美紀はいつだってお前が笑っていてくれることが嬉しい。ソイツがいないとお前は笑えないんだろ?』

「ソイツって……え? なん、で……だからって、そんな……どうやって知って……」

『小学生の時に父親の仕事を真っ正直に答えて授業参観をメチャメチャにしたくせに、その年になって親の仕事も忘れちまったか?』

 ホストという言葉を、ただの職業としての呼称としてしか知らなかった頃、誰よりもカッコいい父親が教室中の注目を浴びていることが誇らしかった。

 その日の授業で「私のお父さん」という作文を読むまで、竜之介は麻衣のヒーローだった。

(うーちょっと嫌なこと思い出してしまった)

 今はそんな感傷に浸ってる場合じゃないと首を振り、麻衣はなおも竜之介に食い下がった。

「で、でも……っ」

『ったく誰に似たんだかな。俺がどうやって知ったとか、そんなことは後でいいだろ? プレゼントが嬉しかったら言うことは一つ、そうじゃねぇのか?』

「お……父ちゃん」

 そう言われても「どうして」と疑問ばかりが浮かぶ頭を振って、一番伝えなくてはいけない言葉を口にする。

「ありがとう。お母ちゃんにも伝えて?」

『おう。それと……まだ、そこにいるんだろ? 代わってくれ』

 名前は出さなかったけれどもちろん一人しかいない、心配そうな顔をしていた陸に黙って子機を差し出した。

 最初は戸惑っていた陸は緊張しながら子機を受け取った。

「代……わりました」

 側にいる麻衣には会話の内容までは分からない、ただ緊張で強張っていた陸の瞳にうっすらと涙が滲んでいった。

 相槌だけを打つ会話はすぐに終わり、通話の切れた子機を片手に陸は麻衣を抱きしめた。

 細かく震える陸の背中に手を回した麻衣は陸が顔を埋めた左肩に熱さを感じた。

「陸……?」

「俺……色んな人にありがとうって言わないといけない」

「うん……私もだよ」

「でもその前に一番大事なこと、言わなきゃいけない」

 顔を上げた陸は濡れた瞳で真っ直ぐ麻衣を見つめた。

 胸がトクンと小さく音を立てる。

「愛してる。今までもこれからも、麻衣だけを愛してる。だからずっと一緒にいて欲しい」

「はい」

 本当はもっと言いたいこともあったのに、伝えたい気持ちだってあったのに、口を開けば涙も溢れてしまいそうで返事をするだけで精一杯だった。

 それから引かれ合うように重なった唇。

 麻衣が生まれ育った家のリビングで交わすキスはまるで誓いのキスのようで、新たなスタートを切った二人はいつまでも離れることは出来なかった。

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