『番外編』
Another one48

 陸の腕の中はあの頃と変わらず暖かくて優しくて、あの頃よりずっと穏やかな場所になっていた。

 涙を受け止めていた服が、これ以上は無理だろうという頃にようやく涙も止まり、麻衣は涙でくしゃくしゃになった顔をそろりと上げた。

 同じように濡れた瞳を少し恥ずかしそうに細めた陸と見つめあい、しばらくしてから先に口を開いたのは陸だった。

「理由(わけ)、聞かせてくれるよね?」

 もうこれ以上の抵抗は無意味でしかない、でもそれが逆に安堵感をくれた。

 本当のことを話して陸がなんて思うか少し怖かったけれど、気持ちを決めてしまうとあの時の感情を素直に打ち明けることが出来た。

 話が長くなるからと、二人で並んでソファに腰を下ろし、記憶を巻き戻すようにあの頃感じていた気持ちを話す間、陸は麻衣の手を握り時々小さく相槌を打ってくれた。

 最後まで話し終え、再び込み上げる涙を懸命に堪えていると、握っていた手が離されすぐに身体全体を力強い腕に抱きしめられた。

「麻衣のバカ!!」

「り……く?」

「そんなの逆だろ? 枷なんかじゃない! 麻衣がいるから俺は何だって出来るんだろ!? 他の誰でもない麻衣が俺のことを幸せにしてよ!」

 これ以上ないほど嬉しい言葉に言葉も出ず嗚咽ばかりが漏れる。

(いいの……? これからも陸のそばにいてもいいの?)

 ほんのわずかな不安さえも取り除いておきたくて、震える声で気持ちを打ち明けた。

「陸が思ってるより、ずっと……好きなんだよ? 独り占めしたいくらい好きで、だから……っ、重たいって思われる前に、私……ッ」

「足りないよ。麻衣はもっともっと俺のこと好きにならなきゃ! もっともっと好きになって、俺がいなきゃ生きていけないくらい好きになってよ」

 今までの辛い時間はなんだったんだろうと思うほど、麻衣の不安は呆気ないほど簡単に吹き飛んだ。

 ここに来るまで随分遠回りしたことに半分呆れ、再びここに戻って来れた喜びを噛み締めていた麻衣は、突然肩を強く掴まれて驚きの声を上げた。

「り、陸っ!?」

「だっっっいじなこと、忘れてた!!!!」

「?」

「何で麻衣がここにいるの!?」

 肩に手を置かれたまま真剣な表情の陸に顔を覗き込まれ麻衣は困惑した。

 最初は何を言われているのか意味が分からなかったけれど、すぐに自分もどうして陸がここにいるのか不思議に思った。

(偶然、にしては少し出来すぎ?)

「な、何でって……」

「麻衣、俺のこと好きなんでしょ?」

「え……う、うん」

 真剣な表情で力強く確認されて、その勢いに気圧されうろたえながら頷くと、陸は怒ったようにもう一度「本当に好きなんだよね!」と確認をする。

(一体、どうしたっていうの?)

 突然の陸の変貌振りに訳が分からないまま今度はきちんと「好き」と言葉で告げた。

 そうするとようやく少し落ち着いたのか、深く息を吐き肩に置いた手が強くなった。

「竜さんとは……どういう関係なの」

 麻衣にはなぜここで竜之介の名前が出てくるのか分からなかったい、分からないけれどこんなにも真剣な表情で聞かれたら答えないわけにはいかなかった。

「どういうって……父親、だけど。でも陸もどうしてお父ちゃんのこと知ってるの?」

「ち……ち、おや?」

 陸の瞳はみるみるうちに見開き落ち着きの無い素振りを見せる。

(どういうこと?)

 二人の接点がまったくないわけじゃないことは分かっているけれど、陸が花屋になった今二人を結びつける理由が見当たらなかった。

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