『番外編』
Another one47

 あれほど避けていたのに、結果として陸と向き合う形になってしまったことよりも、絶対に知られてはいけない秘密が陸の手の中にあることに衝撃を受けた。

 頭が真っ白になってる今のこの状態では、上手く誤魔化せる言い訳も思い浮かばない。

「麻衣」

 さっきよりもずっと落ち着いた陸の声にビクッと身体が震える。

 視線が重ならないようにと俯こうとしたけれど、それよりも早く陸の瞳に真っ直ぐ覗き込まれた。

「これ、俺だよね?」

「…………」

(答えられない、答えられるわけがない)

 陸から貰ったプレゼントは捨てられずすべて箱にしまい込んだ、それこそ気持ちさえもしまい込んでしまうほどの勢いで。

 ただ……何よりも思い出の多い携帯だけは手放すことが出来ず、番号だけ変えてあの頃と同じ状態のまま使っている。

「誤魔化さないでちゃんと説明してよ。別れたいって言ったのは麻衣だよ、なのに一年経った今でもコレってどういうこと?」

 一歩踏み出した陸が近付いても麻衣の身体は金縛りにあったみたいに動かない。

 何か言わなくちゃと思えば思うほど頭は真っ白で、ここから逃げ出さなきゃと思うのに視線は向けられた携帯から逸らせない。

「麻衣?」

 呼ぶ声が優しい声色に変わり心が揺らされる。

 この一年で陸が側にいないことの意味を嫌というほど味わった、自分から別れを告げたのに失恋と呼ぶのはおかしいだけれど、この気持ちはどれだけ時間が経っても癒せないことにも気付いた。

(だって今さら……言えるわけない)

 何も考えずあの胸に飛び込んでいくことが出来たらどんなに幸せか、でも……いつだって優しく抱きしめてくれていた腕から逃げ出したのは紛れもなく自分。

「麻衣、もういいよ」

 わずかに目を細めた陸のその言葉の真意が分からない。

 まるで突き放すようにも聞こえる言葉だけが頭の中で繰り返し流れ、立っているはずの足に力が入らなくなる。

 足元から崩れ落ちてしまいそうな不安感はあっという間に麻衣の全身を駆け巡った。

「嘘吐いてまで俺と離れたかった理由を教えて?」

 少し困ったような顔をした陸が手を伸ばす。

 遠慮がちな指の触れた頬が濡れていることに、麻衣が気付いた時には陸の顔がすぐ側まで来ていた。

『自分自身のことだってよく分かってないんだ、なおさら相手には言葉を尽くさないと分かりあえないだろ』

 父の言葉を思い出すと心の揺れは、ますます揺れ幅を大きくして、伝う涙を拭う昔と変わらない優しい指に、ずっと閉ざしていた唇が震える。

「もう、麻衣の負けだよ。だって麻衣が俺のことすっげー好きなのバレバレ。絶対離してなんかあげない」

 まるで自分のことを好きと言ってるように聞こえる陸の言葉に、後押しされたのか麻衣はようやく唇が開いた。

「陸、だっ……て、私……」

「うん」

「別れたいって……、あの時ひどいこと……たくさん、言っ……た、のに……」

(怒ってるんじゃないの? 嫌いになってしまったんじゃないの?)

 続けられない言葉を胸の中で呟いた。

 陸は心の中の言葉さえも聞き取ってしまったのか、泣き出しそうな笑みを見せて言った。

「だって俺も麻衣のことすっげー好きだもん。ねぇ、もう止めようよ。好きなのに離れていることに意味なんてあるの?」

 その言葉に堪えきれなくなった涙は指で拭うだけでは追いつかず、次から次へと溢れ出すそばから陸の匂いのするシャツが吸い取った。

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