『番外編』
Another one46

 色んなことが次から次へと頭の中を駆け巡る中、ずっと向けていた背中の意識がほんの些細な変化を感じ取った。

 いつもよりも敏感な感覚が陸が動くのを察知すると自分の身体も同じように一歩前へと動く。

「麻衣、麻衣……」

 少しずつ近付きながら呼ぶ声が今まで聞いたどんな声よりも切なくて胸を熱くさせる。

(もうこれ以上はダメ)

 顔を見るだけではなく声を聞いただけで愛しさが込み上げる。

 自分から別れを告げたはずのに、今すぐ振り返ってその胸に飛び込みたい衝動に駆られる。

(そんなこと出来るわけがない)

 陸がどんな想いで自分と対面して、今どんな想いで追い掛けて来たのか分からない。

 あんな一方的な別れ話の後、逃げるように姿を消したのは自分の未練を断ち切る為、その後陸が何度も美咲に居場所を尋ねたことも知っていた。

 心のどこかで陸はまだ自分のことを想ってくれている、そんな勝手なことを考えていた自分の図々しさに呆れる。

 勝手な別れ話をした自分に恨み言の一つでも言わずにはいられないのかもしれない。

 もしそうだとしたら自分にはそれを聞く義務がある。

 逃げていないで向き合わなければいけないと気付いた時には、離れた場所にいたはずの陸はすぐ後ろに来ていた。

「麻衣、やっと……会えた」

 苦しそうな声に振り返ることは出来ず、静かに次の言葉を聞く覚悟を決めた。

(大丈夫。辛いけど……これで本当に諦めなきゃいけない)

「麻衣に一つだけ、聞きたいことがある」

(そうだよね。やっぱりあるよね……聞きたい、え? 聞きたいこと?)

 心の中で首を傾げきっと聞き間違いだったのだろうと思うことにした。

 聞かなきゃいけないことはあっても聞きたいことはない、もし万が一……奇跡のような確率ではあるけれど陸がまだ自分に対して気持ちが……。

 麻衣はそれ以上は考えるのを止めた。

 期待して現実を知った時のショックは少しでも小さくしたい、自分の身勝手さに呆れることしか出来ないでいると陸に声を掛けられた。

「麻衣こっち向いて、ちゃんと話がしたいんだ」

 口を開けば余計なことを口走ってしまうから黙って首を横に振った。

「麻衣……」

「ッッ!」

 絶対に振り返らない身体を硬くしていた麻衣は突然肩に置かれた手に声にならない悲鳴を上げた。

 肩を掴む陸の手にグッと力が込められる。

「麻衣ずるいよ。ちゃんと話聞い……」

 無理矢理向きを変えさせられると身構えていたけれど、途中で言葉を切った陸の手が肩から離れて行く。

(どういうこと?)

 背を向けたままでは陸の表情を見られないから何が起きたのか分からない、いっそのこと振り返ってしまおうかと思った、刹那。

「見つけた」

 独り言とも取れるような低い呟きに気を取られ、陸が横を通り過ぎたことに気付くのが一瞬遅れた。

 ハッとして陸を目で追った時には既に遅く、その後ろ姿が何をしようとしているのかすぐに分かった。

「ダ、ダメェェェッ!!」

 リビングのテーブルの上に置かれた携帯に手を伸ばしている陸の姿に麻衣が大きな声を上げた。

 絶対に見られるわけにはいかないと麻衣が慌てて駆け出した時には、古い携帯は陸の手に渡り開かれた画面に陸の視線が注がれていた。

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