『番外編』
Another one45
玄関で下履きに片足を入れると同時にもう一度インターホンが鳴った。
「はーい」
ドアの向こうに返事をしながらドアに手を掛けて外側へと押す。
冬の冷たい空気がスーッと足元へ流れ込んで身体を震わせた刹那、ドアの向こう側一抱えはあるアレンジメントの向こうに見えた顔に目を瞠った。
(どうして……?)
驚きは声になったのか自分でも分からないほど頭が真っ白になる。
記憶の中の姿と目の前の姿が重なるには時間は掛からなかった。
あの頃よりも陽に焼けて引き締まった頬のせいかずっと精悍に見える。
それでも常に纏っていた甘い雰囲気は今も変わらず彼の周りを包んでいる。
突然の出来事にぼんやりしたまま動けずにいた麻衣は呼ぶ声に止まっていた時間が動き始めたようにハッとした。
「麻……衣……?」
戸惑いと動揺をみせる声。
それでもずっとずっと頭の中で響いていた愛しい人の声、記憶していた声と変わりがないことに身体が震える。
「り……く」
名前を呼んでようやく現実なのだと止まっていた思考が動き出す。
いるはずのない人がここにいるのは偶然で、もしかしたらすごく似ているだけの人かもしれない。
名前を呼ばれたことでそんな考えはすぐに打ち消して、代わりにこれが竜之介の質の悪いイタズラだったらいいとさえ思った。
そんな突拍子の無い考えも竜之介が陸のことを知っているわけがないとすぐに消える。
時間にしたらほんのわずかな時間の出来事で、玄関の敷居を挟んだ向かい側に立つ陸もまだ驚いた表情のまま動けずにいる。
(ダメ、今会ったらしたら絶対にダメ……)
一年間ずっと抑えこんできた気持ちはもう限界まで来ていた。
こんなタイミングで陸と対面した今、自分を抑え込む自信はこれっぽちもない。
そう思った麻衣は驚くほどの速さで身体を翻した。
履きかけていた下履きを蹴るようにして向きを変え、目の前の現実から逃げるように家の奥へと駆け出した。
「麻衣ッ!!!」
懐かしい声が背中に飛んで来ても立ち止まらず、余計なことを話してしまわないように口元をギュッと手で覆う。
廊下を真っ直ぐ走りさっきまでいたリビングへと逃げ込んでもホッとすることは出来なかった。
すぐ後ろを追いかけてきた足音。
暖まった部屋のせいなのか、それとも別の理由からなのか、ひどく顔が熱くて呼吸が苦しい。
少し離れた場所に立っている陸も同じように乱れた呼吸、もうこれ以上近付かないでと祈るように口元を押さえている手をギュッと握り締める。
この場の雰囲気には不似合いなやけに明るいアニメの主題歌が流れる中、ついさっきの陸の姿を思い出して気が付いたことがあった。
陸は自分と別れた後でも立派に夢を叶えたらしい。
どうして陸が花屋として家に来たのか分からない、考えられないほどの奇跡がいくつも重なって起きた出来事なのかもしれない。
でも陸が夢を叶えたのはきっと奇跡なんかじゃなくて陸の努力の結果。
(頑張ったんだね)
こんな状況なのにその現実がすごく嬉しくて胸が熱くなってしまう。
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