『番外編』
温もり【4】
「十分……待ってて?」
「えっ? 何?」
陸が腕を緩めると私は振り返って笑いかけた。
「女の子は荷物が多いんだよ。見てもビックリしないでね?」
驚いていた陸の表情がはにかんでいく。
私は飛び下りるように車を降りると部屋へと駆け込んだ。
泊まりに必要な物をかき集めてバッグへ押し込む私の頬は少しだけ熱い。
恋人の部屋に泊まるのは初めてじゃないけれどこんなにドキドキして幸せな気分なのは初めてかもしれない。
明日の着替えも準備した私は入って来た時と同じ勢いで部屋を出た。
車へ戻ると待っていた陸が私を見てフワッと嬉しそうな笑顔を向ける。
「まだ八分だよ?」
予定よりも早く準備をしてきた事が嬉しかったらしい。
車内の時計を指差してニコニコしている陸を見ているとこっちまで顔が綻んだ。
「早く陸の所に戻りたかったから」
「ほんと?」
「うん」
陸は私の手から荷物を受け取ると後部座席に置いた。
車に乗り込んでシートベルトを締めているとハンドルにもたれながら私の事を見つめている陸の視線に気付く。
街灯に照らされる陸の横顔にドキドキする。
いつも見ているはずのその横顔にドキドキしてしまうのはこれから夜を一緒に過ごすから?
さっきまでは重苦しさは消え恥ずかしさで居心地が悪くなる。
「麻衣、どうしよ」
「なに? どうしたの?」
「すごいキスしたい」
「こ、ここで……?」
「うん。今すぐキスしたい」
こんな所じゃ誰かに見られちゃう……。
戸惑っているのに陸の右手はもう私の頬に添えられている。
ゆっくりと近付く陸の顔が傾き微笑んでいる瞳が閉じると優しく唇が重なった。
陸の側にいると自分を飾るのがバカらしくなる。
こんな風に素直な気持ちを告げられる相手が側にいて私はすごく幸せなのかもしれない。
マンションへと戻る車内は行き同様無言だった。
けれどしっかり繋がれた手が沈黙の空間さえも優しい空間に変えた。
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