『番外編』
Another one44
帰宅してすぐに点けた石油ストーブがようやく部屋をじんわり暖め始めた。
ホッと息をつきながら何となく付けていたテレビで時刻を確認すれば午後6時50分。
いつもなら賑やかなリビングも自分一人しかいない、そのせいかテレビの音が余計に物悲しく聞こえる。
「もう、ほんとお父ちゃんってば勝手なんだから」
今日に限って仕事が遅くなり慌てて帰って来なければならないことも、自分一人の夕飯は何も用意されていないことも、全部全部……父、竜之介のせいだと麻衣はぼやく。
昼休み麻衣がいつのものように事務所の自分の机でお弁当を食べていた時のことだった。
掛かってきた竜之介からの電話は珍しく一方的な内容だった。
『今日七時に荷物が届くから受け取ってくれ』
「お母ちゃんは?」
『美紀は俺とデート』
両親が今でも仲睦まじいことはよく分かっていたけれど、ここまであからさまな態度には呆れてしまう。
もう好きにして下さいと言い掛けると遮ったのは竜之介の一言。
『俺と美紀からの誕生日プレゼントだ』
「お父ちゃん……?」
『少し早いけど誕生日おめでとう。俺たちの娘に生まれて来てくれてありがとうな。俺も美紀もお前が笑っていてくれることが何よりも嬉しいよ』
麻衣はここが職場だということも忘れ涙を零しそうになってしまった。
電話越しとはいえ普段は言われたことのない、直接的な自分を想う言葉に何も返すことが出来ず電話を切った。
「ああ……もうっ」
思い出すとまた泣きそうになってしまった麻衣はグスッと鼻を啜った。
父親のいつになく優しい言葉がこの一年自分がどれほど心配をかけてきたかということを思い知ることにもなった。
いきなり実家に帰って来たことだけでも驚かせたのに、いつまで経っても吹っ切れない自分のせいで両親に心休まる日がなかったことにも気付いていた。
二人が憂いの表情で自分のことを話し合っているのを偶然耳にしてしまったこともある。
「もういい年なんだから親に心配ばっかり掛けてちゃダメよね!」
数日後に迎える誕生日にはついに大台の三十歳を迎えてしまう。
まだ二十台前半だった頃、その頃の自分を思い描いたことがある。
結婚していて子供が一人か二人かいて、家事と育児に追われる毎日でもそれなりに幸せな自分。
現実は結婚どころか実家暮らしで両親に心配ばかりかけている。
「でも今の時代は晩婚化だし、だいたい美咲だってまだ結婚してないんだから大丈夫!」
美咲が聞いたら怒りそうなことを口にしているとインターホンの音が鳴った。
竜之介の言葉通り午後7時だと確認しながら壁際に掛けられたインターホンの受話器を取る。
「はい」
『お花の配達に参りました』
「はい、どうぞー」
(お花のプレゼントなんて……珍しいかも?)
毎年欠かさず誕生日プレゼントを貰っていたけれど、バッグだったりアクセサリーだったりお洒落なレストランの食事だったりした。
どういう風の吹き回し?と首を傾げながら麻衣は玄関へと向かった。
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