『番外編』
Another one43
麻衣が何を想って、いまだにあの携帯を持ってくれているのか、それだけでも確認しよう。
別れを告げた男の写真をいつまでも大事に持っているなんて……、まだ自分に未練があるせいか都合の良い方にしか考えられない。
(だいたい麻衣は最初から素直じゃなかったんだ)
気持ちが決まってしまえばもう迷いはない、早く仕事を片付けて麻衣の居場所を探そう。
逸る気持ちを抑えながら車を降りて、丁寧にラッピングしたアレンジメントをもう一度確認して、シンプルな門扉の横にあるインターホンを押した。
『はい』
すぐに応答のあった声は予想通りの若い女性のもの、「いつも通り、いつも通り」と心の中で繰り返しながらインターホン越しに挨拶をする。
「お花の配達に参りました」
『はい、どうぞー』
話は伝わっていたらしい、特に問題も無いことにホッと胸を撫で下ろし門扉を開けて中へと進む。
その時ようやく目の端に入った表札に心は激しく動揺をしてしまう。
(田口って……)
奇しくも麻衣と同じ苗字の女性に花を届けることになるとは思ってもいなかった。
これも運命の悪戯だろうかとさすがに苦笑いが出てしまう。
玄関までのわずかな距離をゆっくりと進みながら扉の前まで来た。
何度配達を経験をしてもこの時が一番緊張する。
喜んで貰えるだろうか、贈りたい相手の気持ちを伝えることが出来るだろうか。
自分はお客様から気持ちを受け取って花を通じてその想いを届ける配達人だ。
大袈裟だとは思うけれど自分が届ける花がわずかでも贈った人にも贈られた人にも幸せになってくれたら嬉しい。
陸はラッピングのリボンを気持ちばかり手直ししてから、玄関の横にあるインターホンを押すと今度は応答の声はなく、代わりにドアのすぐ向こうで人の気配がした。
「はーい」
(え……?)
ドア一枚を隔てて聞こえてきたその声に全身に衝撃が走る。
(まさか、そんな……)
忘れることのなかった、一年経った今でも耳の奥に残る愛しい人の声、そっくりというにはあまりにも似すぎていてありえない展開が頭を過ぎる。
まだ気持ちの準備が出来ないうちに、目の前のドアは静かに開いた。
「あ……」
そう言ったのはどっちだったか分からない。
自分の声だったのか、それとも目の前にいる人の声なのか、はたまた二人が同時に発した声だったのか。
そんなことすらも分からないほど、何のために自分がここに立っているのか忘れてしまうほど、陸は強い衝撃にしばらく動くことが出来なかった。
「麻、衣……?」
どのくらい黙っていたのか分からない、ようやく動くことが出来た陸の震える喉がゆっくりと愛しい人の名前を呼んだ。
「り……く」
大きく見開いた瞳を震わせ、名前を呼んだ色の無い唇を両手で覆ったのは、ずっとずっと会いたかった麻衣だった。
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