『番外編』
Another one42
翌朝の陸は久々に飲んだせいもあってかぐっすり眠って目が覚めた。
昔のように太陽が真上に来ているという時間ではなかったけれど、カーテン越しでも部屋が明るくさせるには十分なほど力強い太陽が顔を見せていた。
昨夜は帰りにタクシーまで呼んで貰うという、最後の最後まで竜之介のもてなしを受けてしまった。
それもあってか個人的な仕事とはいえ今日の仕事をやり遂げたい気持ちがますます強くなる。
『頑張れよ、陸』
タクシーに乗り込んだ陸に最後に掛けられた竜之介の言葉が今でも耳の奥に残る。
今までは「頑張れ」と言われて反発したくなる時もあった、自分ではすごく頑張っている自覚があって、「頑張れ」という言葉がまるで「頑張っていない」と聞こえた。
素直に受け取れないのはきっと自分に余裕がなかったせいもあるだろう。
その頃の自分とは違うからだったのか、昨日の竜之介の「頑張れ」は心強く素直に頷けた。
耳から入ってきた言葉が真っ直ぐ心に沁み込んでいく心地良さがあった。
自分の目標は漠然と父親みたいな人になりたいと思っていた、優しくて強くて……記憶の中にある自分の父親。
竜之介という存在はその思いと重なる時がある、その理由は色々あって上手くは言葉に出来ないけれど、これからもその姿を見ていきたいと思っていた。
「期待に応えたい。俺を信じてくれている竜さんのためにも……」
誓うように呟いて手にしたコースターに視線を落とす。
カーナビに住所を入れて着いたのは意外にも小さな一軒家。
住所からマンションの類ではないことは予想していたが、想像とは違うあまりにも一般的な家に拍子抜けだった。
(7時5分前……)
車の時計を確認した陸は小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
(竜さんが大切に思う人だ。喜んで貰えると嬉しい……)
今日のアレンジメントはいつにもまして豪華だ、クリスマスが近いこともあってバラをメインにした。
あまり大人っぽい雰囲気にならないように真紅のバラの他に丸みを帯びた優しいピンクのオールドローズを選び、さらに竜之介の「可愛い」という言葉を意識してトピアリーモス(水苔で作った人形)のクマをアクセントに置いた。
クリスマスシーズンらしくクマの頭の上にはサンタカラーの帽子、そして胸の前に突き出した手には小さな小さなプレゼントを持っている。
(もし俺が麻衣にあげるとしたら……この中に指輪とか入れるのに)
目を丸くして驚いた後に嬉しそうに顔を綻ばせる麻衣を想像して思わず頬が緩む。
そんな願いが叶ったらどんなにいいだろう。
もう叶うことのない願いを思い描きながらもう一度携帯で時間を確認してハッとした。
(携帯……そうだ、麻衣の携帯!!)
あの女性が持っていた古い携帯、待受けにされていた自分の写真、どこにいるのか分からない麻衣の中にまだ自分がいるという証。
昨夜の竜之介との会話でいつの間にか諦めるという方向へ前進しようとしていたが、この瞬間にまったく逆の方向へと一歩足を踏み出した。
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