『番外編』
Another one41
金額のことは後にして書かれている住所を確認してあることに気が付いた。
「贈る方のお名前は?」
「名前がないとまずいか?」
「い、いえ……どうしても、というわけではないですが……ご本人にお渡し出来ない等の問題があると……」
「その心配は必要ない。ここへ行けば出てくるのは一人しかいない」
そこまで断言されてはこれ以上とやかく言うのは野暮でしかない。
名前を明かしたくない相手かもしれない、予算三万円の花を贈る相手…きっと竜之介にとって特別な相手に違いない。
その時に竜之介の左手薬指に輝く指輪の存在が気になったが、やはりそこも気にしてはいけないことだと十分理解していた。
色々なことが気に掛かるが一番はその金額、今までも仕事では店に贈るアレンジメントや開店祝いのスタンドで高額のものを手掛けたことはある。
個人的な贈り物の花束やアレンジメントでは一万円でも相当な見栄えのものを作れる、実際に店頭で売れるアレンジメントの価格帯は三千円から五千円が一番多い。
(三万の花束となると……一本当たりの単価が高めのもので、それでもかなり豪華な感じになるし、それならいっそのことアレンジメントで……)
「任せて頂けるということですが、もし差し支えなければ贈られる方の雰囲気などをお聞かせ頂けますか?」
「雰囲気ねぇ。可愛いやつだよ、世界で一番と言いたいところだが……嫁さんの次に可愛い。本当は色々してやりたいがそうもいかなくてな、花でも贈って笑ってくれれば御の字だ」
話す竜之介の表情は柔らかくなったけれど、細められた瞳がわずかに心配そうに曇ったように陸の目には映った。
気のせいだったかもしれないと思ったのはその変化があまりにも一瞬だったせいだ。
(愛人……とか? 今までの話し振りじゃそういうタイプには感じなかったけど)
「花なら何でも喜ぶし、お前の好みに任せるさ。もしなんだったらお前の好きな女をイメージして作ってくれてもいいぞ?」
「そんなことは出来ませんよー」
もちろん冗談のつもりで言っただろうし、陸も冗談のつもりで返したけれど、今までのことを思うと冷や汗が出る。
特に要望がない時にはいつだって頭の中にあるのは麻衣のイメージだ。
今回はそういうわけにはいかないと思いながらも、結果的には同じことをしてしまいそうな自分がいる。
「花束ということでしたが、アレンジメントではいかがですか? 花瓶も必要ありませんし、すぐに飾ることが出来るということで、皆さんアレンジメントで贈られる方が多いですが?」
「構わねぇよ」
まだ具体的なイメージは出来ていないがそれを固めるためにも必要最低限の確認だけはしておきたい。
「予算は三万円ということでいいですか?」
「ああ、それな。一万くらいのものでいい」
「え?」
「残りの二万は休みにわざわざ配達して貰う手間賃だ」
その言葉を聞いた陸はすぐに二万円を竜之介の前へと差し戻す。
竜之介が口を開く前に陸は首を横に振って頭を下げた。
「これは頂けません。そうでなくても今日はご馳走して頂いてますし、それに……まだまだ駆け出しの自分に仕事を任せて下さったお礼をさせて下さい」
「お前、真面目だな。黙って二万受け取って懐にしまっておけばいいのに。ま……そういう馬鹿正直な奴は嫌いじゃないが……、俺も出した金をはいそうですかって受け取るのは好きじゃねぇし……」
そして再び陸の前に戻されたのは一万円。
ここまでされてはさすがに返すことも出来ず、今度は黙って頷き返された一万円と合わせて二万円を受け取った。
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