『番外編』
Another one40

 あれからもう一年だ。

 一年の間に他に好きな奴が出来たかもしれないし、もしかしたら結婚しているかもしれない。

 もし本当に別れた理由が別にあったとしても今さら遅すぎる。

(もう諦めろ)

 もう一人の自分の声が大きくなり、陸はグッと唇を強く噛み締めた。

「なんて顔してんだよ、って俺のせいか。年寄りの戯言だ聞き流せよ」

「…………」

「久々に美味い酒を飲んだせいで悪乗りした。何も知らない俺が突っ込む話題じゃなかった、すまんな」

「い、いえ……そんなこと……」

 竜之介は申し訳なさそうに笑いながら言ったけれど、陸ははまったくそんなことは感じていなかった。

 確かに事情なんて何も知らないはずなのに、竜之介に話したことでずっと立ち止まっていた場所から動けそうな気がしていたからだ。

(きっと麻衣は幸せだ。あんな風に別れたあの日は辛そうな顔をしていたけれど、今はきっと誰か別の人の横で幸せに笑っている)

 自分はまだ完全に吹っ切れたわけではないけれど、麻衣が幸せに暮らしていてくれたらそれでいい。

 今の自分にはまだまだやるべきことがある、いつか偶然出会っても恥ずかしくない男になるために今やれることをやろう。

 みっともないほど揺れていた気持ちが少しずつ落ち着きを取り戻していった。

「詫びってわけじゃねぇけど、お前に仕事を頼んでいいか?」

「はいっ、喜んで!」

 仕事という言葉に反応した陸は鬱々としていた気持ちを振り払って顔を上げた。

(そうだ、しっかりしろ。仕事もまともに出来ないんじゃ話にならない)

 まだ素人のような自分の店を取引先として選び、仕事を任してくれるこの人を失望をさせたくはない、今の陸の中にはその想いが大きく占めている。

「といっても……店の仕事というよりは俺個人からの頼みなんだが、聞いてくれるか?」

「はい」

「実はな……明日ある人の所へ花束を届けて欲しい」

(ある人の所……個人的な贈り物、か)

 こういう仕事をしていれば個人的に花束を贈る相手はいるだろうし、そんなことをいちいち詮索するのはマナー違反だ。

「明日は休みだけど大丈夫か?」

「それは大丈夫です。ただ……お花の指定などがあるとご要望に添えない場合があるのですが、どういったものをご希望でしょうか」

「お前に任せる」

 最初からそのつもりだったのか迷うことなく返事が返ってきた。

 任せると言われるのは簡単そうでこれが一番難しい、相手の年齢や好み贈る側の用途などを考慮しなくてはいけない。

(今、店にあるのは……)

 花の種類を頭の片隅で確認しながら、いくつかの確認事項を頭の中で整理していく。

 クリスマス前ということもあり店の中にはいつもより多くストックがあることにホッとしていると、竜之介が紙製のコースターに何かを走り書きを始めた。

「明日の午後七時、ここへ届けてくれ」

 住所が書かれたコースターと一緒にテーブルの上を滑らせて陸の前に差し出された三万円。

 その金額に驚いて思わず顔を上げた。

「どうした?」

「あ、いえ……」

 予想していなかった金額に贈る相手(多分女性だろう)について詮索したくなる気持ちをグッと堪えた。

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