『番外編』
Another one39

 振られているのにも関わらず、まるで惚気話のような話を竜之介は茶化すわけでもバカにするわけでもなく、時折相槌を打ったり頷いたりしながら最後まで聞いていた。

 いつの間にか空になっていたグラスをテーブルに戻しながら陸は最後にポツリと呟いた。

「ほんと、すげぇ好きで」

(今でも変わらず好きだ。どんなに他のことで気を紛らわそうがその気持ちは殺せない)

「そんなに好きならどうして別れた?」

「え?」

 ずっと黙っていた竜之介の問い掛けはあまりにも突然で、だかそんなことは大した問題ではなく、何より一番答えられない質問だった。

 返事に窮したまま動けない陸は竜之介が空になったグラスを満たすのをジッと見つめることしか出来ない。

「好きなのか、今でも」

(好きだ、会えないせいかあの頃よりもその気持ちはずっと強い)

「それほど好きじゃなかったんじゃないのか? 自分が振られるなんてプライドが許さなくて意地になってるだけじゃないのか?」

「違うっ!!」

 掴みかかりそうな勢いで声を荒げた陸だったが、竜之介は表情一つ変えない。

 陸の中にふと冷静な自分が顔を覗かせ、「どうしてこの人にこんな話をしなくちゃいけない」と疑問を投げかけてきたが、すぐ聞こえてきた竜之介の言葉にあっという間に霧散した。

「好きならどうして手を離した?」

「それは……」

 陸は言葉を続けることが出来なかった。

 別れ話をしたのは麻衣、受け入れたのは自分、でも「もし」あの時自分が受け入れなかったら……。

 今さらと笑う自分、後悔ばかりとうな垂れる自分、もしかしたらと希望に縋る自分、この一年で嫌というほど見てきた女々しい自分の姿が陸の脳裏に浮かぶ。

「あの時は……彼女が俺と一緒にいたら辛いだけじゃないかと思って、彼女が望むことを叶えて彼女が幸せになれるなら、別れた方がいいんじゃないかと思って……、俺間違ってたんすか?」

「さあな」

 張り裂けそうな心が救いを求めて吐き出した言葉は竜之介の素っ気無い一言によって打ち砕かれた。

「彼女が幸せなら間違ってなかったんだろうな。お前以外に幸せにしてやれる奴がいたってことだしな」

 竜之介はまるで独り言のように言い、陸の返事など待たずさらに続けた。
 
「彼女が辛い思いをしてるなら、お前はとんでもない間違いをした大馬鹿だな。好きな女の本音も汲み取ってやれない最低な男だな」

 竜之介にどんな意図があったのかそれともまったくそんなつもりはなかったのか、だが陸は竜之介が口にした「本音」という言葉に引っ掛かりを覚えた。

(麻衣、の本音……)

 別れた日の会話は忘れたくても忘れられない一言一句覚えている。

 何の前触れもない突然の別れ話、聞かされたのはハッキリとしない理由ばかり。

 嫌いとは言わなかった、他に好きな男が出来たとも言わなかった、ただ……一緒にいると辛い、苦しいと言い、それから「出会わなければ良かった」と言った。

 その理由は「年下」だから、自分ではどうしようもない変えられることの出来ないソレを理由に持ち出された。

 もし「年下」以外の理由があるとしたら……?

 突如として胸に灯った小さな希望だったが、陸はすぐに自分で掻き消した。

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